錦織圭、頂への挑戦BACK NUMBER
クレーでこそ冴える錦織圭の意外性。
全仏の赤土に初の黒いウェアが舞う!
text by
山口奈緒美Naomi Yamaguchi
photograph byAP/AFLO
posted2016/04/30 10:30
バルセロナ・オープン決勝でナダルに敗れた錦織。とはいえ、全仏への手応えは十分のようだった。
スリリングな錦織のテニスはクレーで輝く。
しかし好き嫌いの問題ではない。
客観的に見て、理由の1つには、最大の難敵であるジョコビッチの強さがハードコートほどではないという点が挙げられる。また、ランキングにかかわらず苦手としている超ビッグサーバーの威力も、赤土がやんわりと吸収してくれる。
そして何より、錦織のテニスは本人の得手不得手にかかわらず、クレーで見るとおもしろいからである。
クレーのテニスはよくキャンバスの上の絵画にたとえられたり、チェスにたとえられたりするように、あるときは芸術的で、あるときは頭脳的なゲームの要素を多く孕んでいる。そこに錦織のテニスがよくマッチする。
一打一打、チェスの駒を進めていくように、または絵の具を塗り重ねていくように、あの手この手で丹念にショットを積み上げていくというおもしろさを体現しながら、ダラダラ打ち合うという昔のクレーコートテニスの退屈な部分を錦織は完全に排除したのだ。
軽やかに宙に浮き、ドカンと不意にラリーを終わらせる錦織の速い攻めはスリリングで意外性に満ちている。
コート外の話題を提供する必要はないが……。
そのテニスは、オフコートの印象とは実に対照的だ。
かなり呑気で大らかで、刺激の小さい言動はトッププレーヤーの中では珍しい。ジョコビッチは先月、男女の賞金同額について踏み込んだ発言をして非難の嵐に遭い、レジェンドコーチ・ブームの火付け役になったアンディ・マレーは続いて女性コーチをつけて賛否両論を呼び、「グランドスラムの決勝より妻の出産が大事」と堂々と言って話題を作ったりする。スタン・ワウリンカは10以上歳の離れた恋人が原因で起こった騒動の続編がいまだ気になるし、ナダルにいたってはあらぬドーピングの疑いをかけてきたフランスの元大臣を相手取って裁判を起こしている。
翻って錦織の周辺はなんと穏やかなことか。
海外メディアは錦織のテニス以外の話題作りに苦心している。レジェンドコーチ・ブームの中でマイケル・チャンをコーチにつけて話題になったのはもう2年半も前のことで、それ以降は恋愛ゴシップがたまに流れるくらいだが、それも日本国内にとどまっている。
何も刺激的な私生活や人格を目指す必要はないし、狙っているとも思えないが、このところはランキングや成績も大きなアップダウンはなく、どちらかというとオフコートの印象に似ている。この部分に関しては、昨年は「最後までトップ8を守れた」ことに満足していた錦織も、大いに満足とは言えないところだろう。