サッカー日本代表PRESSBACK NUMBER
U-22を支えるマイアミの奇跡の1人。
秋葉忠宏、「ひたすら喋る」コーチ術。
posted2015/03/14 10:40
text by
戸塚啓Kei Totsuka
photograph by
Getty Images
3月27日開幕のリオ五輪アジア1次予選へ挑むU-22日本代表に、貴重な人材が加わっている。昨年12月のタイ・バングラデシュ遠征からコーチに着任した秋葉忠宏だ。
Jリーグ開幕2年目の1994年に、秋葉はジェフ市原(現ジェフ千葉)の一員となった。プロ2年目の'95年にはU-20日本代表に選出され、現在のU-20ワールドカップにあたるワールドユース選手権に出場する。松田直樹や中田英寿らとともにスタメンを構成した彼は、当時過去最高となるベスト8進出に貢献した。
ワールドユース終了後は五輪代表へ吸い上げられ、1996年3月のアトランタ五輪アジア最終予選のメンバーにも加わった。センターバックとボランチに対応するユーティリティ性はチームに戦術的柔軟性をもたらし、アトランタ五輪でもナイジェリアとのグループステージ第2戦に途中出場した。
U-22日本代表の手倉森誠監督との結びつきは、2009年がきっかけだ。日本サッカー協会のS級ライセンス取得に必要な研修先として、秋葉は手倉森が率いていたベガルタ仙台を選ぶ。J2リーグ初優勝を成し遂げてJ1昇格を果たし、天皇杯で準決勝まで勝ち上がったサッカーの裏付けとなるトレーニングに触れてみたいと思ったのだ。
「どういう練習をしているのか、すごく興味があったんですね。自分が指導者としてやっていくうえで、色々なヒントをいただきました。とくに守備のベースのところなんかは、ものすごく財産になっています。自分が監督になったときも、誠さんから勉強させてもらったことを、チームにかなり落とし込みました」
秋葉が経験した五輪予選は、今回と同じセントラル方式。
2013年からザスパクサツ群馬の監督となった秋葉は、'14年シーズン終了をもって退任した。リオ五輪世代を率いていた手倉森のなかで、かつて自らのもとを訪れた8歳年下の指導者は常に気になる存在だったという。
「S級取得の勉強先にベガルタを選んでくれて、お互いのサッカー観をコミュニケーションしたときに、俺のトレーニングを好きになってくれた。好きになったというか、理解者のひとりになってくれた。あとは草津で苦しい思いをしているな、と。どうするんだろうなと思っていたら、フリーの立場になった。もうひとつは、アトランタ五輪のアジア予選を経験している。それも、今回と同じセントラルの予選を」
過去2度はホーム&アウェイで開催されたアジアの五輪予選が、今回からセントラル方式へと変更された。短期集中のサバイバルをくぐり抜けた秋葉の経験値は、手倉森にとって魅力的だったのである。