マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
叩き上げの優勝校と、松本裕樹投手。
夏の甲子園で忘れられない2つのこと。
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph byKyodo News
posted2014/08/28 11:45
エースで4番、そして快速球に投球術を兼ね備える松本裕樹。複数球団のドラフト1位指名も考えられる逸材だけに、まずはゆっくりヒジを完治させてほしい。
大会後に、「試合」が記憶に残っているのは珍しい。
印象に残る試合がある。
私の興味の対象は、そのほとんどが「個人」に向いているので、大会が終わって試合が記憶に残っているのは珍しいことだ。
試合開始のショックが鮮烈だった。
2回戦、東海大相模vs.盛岡大付。
初回のマウンドに上がった盛岡大付・松本裕樹の投球練習がおかしい。
7球すべて、きちっとモーションを起こさず、ボールを捕手にただ渡しているような投げ方だ。もちろん、指にもかけていない。
相手は、優勝候補筆頭と評される東海大相模の強打線。普通だったら、この時とばかりに“見せる”場面だろう。彼はドラフト1位指名確実といわれる大会の目玉なのである。
ヒジをやられてるんじゃないかな……。
肩もつらいが、痛みがヒジに来るのはもっと辛い。
居合わせた記者に聞くと、予選以来ノースローだという。ヒジは予選の頃から痛み出していたらしい。
心の内側から、東海大相模打線を崩した松本裕樹。
なのに、そこからがすごかった。
松本、怖るるにたらず。
そう気負って、くみしやすしと振ってくる東海大相模の強打者、巧打者たちを次々と手玉にとっていった。
スライダー、カットボールをストレートに見立てた配球。それに、フォークにチェンジアップだろうか。低めでボールを動かして打者のタイミングを外し、バットの芯を外し、心の内側から東海大相模打線の“腰”を崩していった。
ストレートだってちゃんと使って見せたのが松本投手のすごいところで、チャンスにまわってきた東海大相模の3番、超高校級スラッガーの豊田寛外野手(2年)に対し、セットポジションで長~くボールを持って彼の心理をかき乱し、そうしておいてから目の高さにクイックで139kmだ。
目の高さで何かを動かされると、人間がとっさに反応してしまうのは、ブンと飛んできた蚊やハエで、みなさんも経験済みだろう。
そういう本能の存在を知っているのか、いないのか、ピタッとそこへ投じて空振りの三振に仕留めるしたたかさ。
これこそ、ピッチャーだ。