野次馬ライトスタンドBACK NUMBER
元横浜・古木克明が格闘家デビュー。
誰が何と言おうと最高の試合だった!!
text by
村瀬秀信Hidenobu Murase
photograph byNIKKAN SPORTS
posted2011/01/09 08:01
3ラウンドの戦いの中では何度か攻勢を見せた古木。2ラウンドでは、アームロックをほとんど極めかけていたのだが……
倒れても血まみれで立ち上がる……これが、あの古木?
12月31日。Dynamite!!が行われたさいたまスーパーアリーナには怖くて近づけなかった。年も押し迫った午後10時ごろ。古木の試合がテレビから流れてくる。
画面に映った古木は、減量で痩せこけていた。現役時代85kgだった体重は77kgまで絞り込まれ、頬骨の浮き出した表情には、力石徹のような悲壮感が漂う。
開始30秒。アンディの右ストレートがモロに古木の顔面をとらえた。飛び散る鮮血。一発で決まってしまいそうな強烈なパンチ。だが、倒れない。アンディのラッシュに、「ガードしろ」の声も無視してパンチを打ち込む。大振りのパンチが何度も空を切る。アンディの左フックがまたしても古木の顔面をとらえた。ぐらつく古木。だが、守備なんてしない。一発狙いで一心不乱に血しぶきを飛び散らせながら、鬼の形相で攻めて攻めて攻めまくる。
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これが、あの古木なのか。守備が下手だと野次られては、心をポキポキに折られ、フライが上がる度に脅え、ファンに不信感を持ち、挙句自分の打撃すらも見失っていたあの古木が、こんなに強い気持ちを見せつけている。こんな姿は、はじめて見た。
「古木選手、タフですね。普通だったらあれで終わってますよ」
解説者がいう。当たり前だ。打球を追ってフェンスに頭から激突してもケガひとつなかったのが古木だ。多村とはわけが違う。
崖っぷちのリングで取り戻した古木の本来あるべき姿。
マウントを取った古木に解説者が再び言う。
「送りバント的なことをやっていった方がいいですね」
バントなんかもうするんじゃねぇ。もう迷うな。セオリーなんかいらない。ホームランだけ狙え。
古木は打たれても打たれても、前に前に進んでいく。空振りしても空振りしても強打をやめない。自分の心の弱さと闘うかのような無謀な前進は、ドラフト1位で入団したプロ野球選手としてのプライドも何も、命すらも捨てるかのような、崖っぷちの戦いであることが痛いほど伝わって来た。
そんな古木の姿に、いつしか涙が止まらなくなっていた。
なぜこの強い気持ちを野球をやっている時に出せなかったのか。そんな歯痒さからじゃない。自分の心の弱さと闘い続けた男が、期待を受けても裏切り続けてきた男が、崖っぷちに追い込まれてやっと本来のあるべき姿を取り戻せた。そのことがたまらなく嬉しかったのだ。