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<競泳育成の新スタイル> 平井伯昌コーチと東洋大水泳部、常識への挑戦 

text by

折山淑美

折山淑美Toshimi Oriyama

PROFILE

photograph byTakao Fujita

posted2013/07/19 06:01

<競泳育成の新スタイル> 平井伯昌コーチと東洋大水泳部、常識への挑戦<Number Web> photograph by Takao Fujita

左から田垣貞俊コーチ、山口観弘、金指美紅、宮本靖子、萩野公介、内田美希、平井伯昌監督。

選手間のアドバイスや話し合いから改良される泳ぎ。

 敷地内に寮があり、JISSにも大学にも近いという環境の良さも、萩野が東洋大を選んだ一因である。

「卒業後のために学業もしっかりやれる環境というのは重要でしたね。でも、その後に松田さんがきたり北島さんが戻ってきたりして、トップ選手と一緒にやれるというのも大きな理由のひとつです。今まではひとりで練習していましたが、それだと悪い面も出てくるので……。ひとりでは頑張れないようなきつい練習でも、みんなと一緒だと頑張ろうという気持になります。練習内容も違うし、環境も違うので、今は新鮮なことばかりなんです」

 泳ぎの改良に関しても細かな指導が効果を上げている。「ロンドンの前も改善点を指摘してもらっていたけど、あれは絆創膏を貼った応急処置みたいなもの。今は手術をしている感じ」と萩野は言う。アドバイスを受けながら、北島や山口、松田や加藤の泳ぎを見ることで苦手種目だった平泳ぎやバタフライのフォームをイメージしやすくなった。選手間でのアドバイスや話し合いも、泳ぎが良くなった要因だ。

「成長できる場所であり、成長しなければいけない場所」

 もうひとりのオリンピアンである内田美希が、最終的に東洋大に決めたのは'12年9月の国体のあとだった。だが、平井の下でやりたいという気持は以前からあったという。

「高2の冬に自由形リレーの合宿があって、平井先生に見てもらっていたんです。その頃は五輪前でモチベーションを上げなければいけない時期なのに、『こんな辛いことを毎日やって』と水泳を嫌いになりかけていました。でも色々声を掛けてくれて楽しく練習できた経験があったので、平井先生のところでやりたいと思っていたんです」

 五輪を経験したことで意識も高くなった。平井の下でやる限りはトップでいなければと思うようにもなったという。

「以前はそんなに速い選手がいないクラブだったから、自分のために組んでもらった練習をやっていたんです。今は、目指す存在が身近にいるというのは大きいですね。春佳さんに勝たなければメドレーリレーにも出られないから、辛い練習をどう踏ん張っているかというのも勉強になるし、以前より頑張ろうという気持もすごく大きくなりました」

 内田は東洋大水泳部を、「成長できる場所であり、成長しなければいけない場所」と言う。それは山口も萩野も同じだ。

【次ページ】 日本選手権でしっかり結果を出して、世界の舞台へ。

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