ロングトレイル奮踏記BACK NUMBER

5月の雪と初めてのヒッチハイク……。
「まさか」の連続と出会っていく。 

text by

井手裕介

井手裕介Yusuke Ide

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photograph byYusuke Ide

posted2013/05/29 17:00

5月の雪と初めてのヒッチハイク……。「まさか」の連続と出会っていく。<Number Web> photograph by Yusuke Ide

5月のカリフォルニアで「まさか」の雪に見舞われた!

脂身ばかりのベーコンに油をどんどん注いで「揚げる」。

 翌朝、起きたのは7時頃。礼を言って去ろうとすると、Tomが僕を制して云う。

「朝メシを作るから食っていけ」

 彼はゆっくりと、ベーコンをダッチオーブンで焼き始めた。

 ほとんど脂身しかない、白いベーコン。正直、食欲は湧かなかった。加えて彼は、油をどんどん注ぎ、ベーコンを「焼く」というよりむしろ、「揚げ」はじめた。カリッカリのベーコン。別のオーブンではスクランブルエッグを作る。大きな大きな彼の手が卵をかき混ぜるのを見ていると、昇ってきた陽の光で身体が温まる。

「すぐ出来るから」と言われたが、業務用の大量のチーズを卵に混ぜ、ベーコンと共に差し出されたのは作り出してから20分ほど経った頃。手際の悪さも憎めない。

 すごくいい笑顔で紙皿に乗せたスクランブルエッグとベーコンを渡され、思わず笑ってしまう。カリッカリのベーコンは、縮こまった僕をすっかりリラックスさせてくれた。トレイルを歩くためには、これくらい高カロリーなものを食べたほうがいいのだろう。

「アメリカの朝食」を満喫し、僕はトレイルに出た。後ろからやってくるTOYOさん(日本人ハイカー。前回の記事の5ページを参照)が僕の書いた日本語の標識に気づいてくれるといい。

「落としたサイフが見つかりましたよ。よかったですね」

 TOYOさん、財布を途中でなくしてしまっていたのだ。幸い、発見したハイカーがエンジェルの家に届けてくれたらしく、僕は日本語の書き置きをトレイルに設置して歩きはじめた。

 彼は円高の間に外貨をかなり買い占めていたらしく、この旅で使い尽くしたい、と自慢気に話していた。

ちょっとした英雄心を抱え、猿岩石の2人みたいに親指を立てた……。

 初めてのヒッチハイクを試みたのはその翌朝だ。

 ハイウェイ近くに張ったテントを撤収し、トレイル近くの有名な喫茶店で朝食を摂る。『アメリカン・グラフィティ』よろしく、オールディーズが響き渡る店内。ウェイトレスが「ハーイ、ベイビー」と声をかけてくる。確かにここでは、僕はベイビーなのだろう。

 前日とは正反対の、整った綺麗な朝食を美味しくいただく。ウェイトレスの彼女からは、ヒッチハイクは店の対岸の交差点でやるとよいことを教わり、店を出る。ヒッチハイクのコツを教えてくれる喫茶店。お国柄だ。

 教えられた場所に立ち、僕は気恥ずかしい気持ちと、ちょっとした英雄心を抱え、猿岩石の2人みたいに親指を立てた。

【次ページ】 耳をつんざくようなクラクション、駆けつける救急車。

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