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夏休みだ! お台場だ! だけど、
レインボーブリッジが渡れない。 

text by

疋田智

疋田智Satoshi Hikita

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photograph bySatoshi Hikita

posted2010/08/22 08:00

夏休みだ! お台場だ! だけど、レインボーブリッジが渡れない。<Number Web> photograph by Satoshi Hikita

朝日新聞社の美しい外観と、タバコの脂だらけの内部……。

 湾岸道路を一路北に向かうと、すぐに浜離宮が見えて、その角を右手に行くと、あの築地だ。

 この日は日曜日だったんで、開いている店があんまりないんだけど、おや、数々の寿司屋の中に、カレー&コーヒーの店もあるし、テリーさんのお兄さんの卵焼き屋もあるね。

 築地は魚だけでも市場だけでもない。市場に付随しての外食産業の一大集散地なのである。

 で、外国人観光客が多いこと多いこと。今日はお休みで残念ですけど。

 後ろを振り返ると、朝日新聞社だ。

 私は思うんだけど、この朝日新聞のビルってなかなか名建築だよね。フォルムに安定感があるし、茶色い煉瓦調のタイルと黒い鉄骨、そして所々に顔を出す植栽の調和が美しい。しかもそれが古びない。

 建ったのがいつだっけ、たしか'80年代だったと思うんだけど、そうそう、学生時代にバイトしたこともあったよ。ほんの短期間だけど。美しい外観と、タバコの脂だらけの内部。そのギャップに驚いたものだ。

勝鬨といえば九州ラーメン!?

 そこを抜けて、勝鬨橋。

 かつては日本一有名な跳ね上げ橋だった。けれど、'67年にモーターの電気が止められ普通の鉄橋となった。

「勝鬨」の由来は、日露戦争だそうな。旅順陥落、そして、ロシアに勝った戦勝記念にと、京橋区(当時)の区民たちが、この名をつけた。橋のたもとの碑にそう書いてある。うーむ、橋に歴史あり。

 でも、私個人の歴史から言えば、勝鬨橋のたもとは、何と言っても「博多らぁめん・ふくちゃん」なのである。

 九州者の私が東京にやってきた1年前の'84年。ここに最初のふくちゃんができた。まだ東京では「九州ラーメン」「とんこつラーメン」というものが、非常に珍しかった時代だ。

 替玉(麺のお替り)システム、具の取り放題(当時)など、東京では初のサービスを展開して、ふくちゃんは大いに話題となったものだ。私はこの「ふくちゃん・築地総本店」か「ふくちゃん・渋谷店」に、わざわざ九州ラーメンを食べに通ったくらいだ。

 その後はご承知の通り、色々な名門店が東京進出を果たし「九州とんこつ」は普通にメジャーなジャンルに育っていく。

 その地ならしをしたのが「ふくちゃん」。味の好み、チェーン的展開などに対して、異論は色々あろうけれど、私はそう思う。

 少なくとも大学時代にとんこつラーメンを絶やさないでくれたふくちゃんに、私は大感謝だ。

【次ページ】 築地市場の移転先は原野?

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