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アイルトン・セナは永遠に~英雄がF1に残したもの~
text by
今宮雅子Masako Imamiya
photograph byTadayuki Minamoto
posted2013/05/01 06:00
自らのミスを詫び、挽回を誓う姿に周囲が驚いた。
FW16に多くの改善が必要であることは、セナも承知していた。しかし何かが、彼の理解の範囲を超えていた――ベネトンが全チーム共通である給油装置を改造していたことが判明したのは、ずっと後のことだ。彼らの電子制御ボックスに、禁止されているスタートシステムのプログラムが見つかった際にも、FIAがさかのぼってペナルティを科すことはなかった。ベネトンだけが巧妙だったわけではなく、FIAには自分たちが課した急激な規則変更をコントロールする力が備わっていなかったのだ。各チームが独自のルール解釈をした結果、厳密に“法の意図”に従ったトップチームはウイリアムズだけであった。
しかしシーズン序盤の段階では、セナがその全容を知る由もなかった。開幕2戦をノーポイントで終えた彼は、ロータス・ルノー時代以来、旧知の仲であるルノーのファクトリーに足を運び、ミスを詫び、挽回を誓った。
「アイルトンのあんな様子は初めて見た」と、ルノーの技術者が振り返った。
「ようこそ、F1の世界へ」と声をかけたセナの複雑な心中。
'94年にF1デビューしたオリビエ・パニスは、英田での短い会話がセナとの唯一の思い出だと言う。
「アイルトンは僕らのガレージまでやって来て『ようこそ、F1の世界へ』と声をかけてくれた。ものすごく温かく微笑んで」
目に見えない力で世界が変わっていく――そんな孤独のなかで、セナがいささか不器用に、自らの殻を破ろうとしていた様子が切ない。
コース上でもっとも近くにいたのはミハエル・シューマッハーだった。しかし10年の間、常に意識のなかにいたプロストと比べれば、ドイツからやって来た青年は異星人のようだった。世代も、話し方も、コース上での態度も、何もかも温度が違っていた。セナに憧れてF1にやって来たドライバーとセナ自身が対立するのは、初めてのことではなかった。
「アイルトンと多くを話したことはない。でも、コース上で出会った彼は、いつも至福の瞬間をもたらしてくれた」と振り返るのは、ジャン・アレジだ。'90年の開幕戦フェニックスでの攻防はいまも語り継がれているが、あの一度きりではなかった。