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<10番の時代の終わり> リオネル・メッシ 「なぜ彼は“神の子”になれなかったのか」 

text by

豊福晋

豊福晋Shin Toyofuku

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photograph byRyu Voelkel(T&t)

posted2010/07/22 06:00

<10番の時代の終わり> リオネル・メッシ 「なぜ彼は“神の子”になれなかったのか」<Number Web> photograph by Ryu Voelkel(T&t)

ドイツ戦後、肩を落とすメッシ。終了間際のシュートも力無くGKノイア―に押えられた

同部屋となったベテラン、ベロンに託された役割。

 大会前の合宿でのこと。マラドーナはベテランのフアン・セバスティアン・ベロンをメッシと同部屋にしている。

 チーム内でも影響力の強いベロンは、すでに2度のワールドカップを経験していた。マラドーナはそんなベロンに「メッシを頼んだ」と伝えたという。

 メッシにかかるあらゆる重圧を取り除き、精神的に万全の状態で大会に臨ませてやりたい。それはメッシに対するマラドーナの小さな配慮だった。

 ベロンはこの10番にのしかかる重圧を取り除こうとしていた。

「メッシはやる気に満ち溢れているし、ワールドカップで活躍したいと心から思っている。ただ、彼に全ての責任を押し付けるのはよくない。僕らは23人いるし、一人だけに頼るのは危険だ。重要なのはグループなんだ」

 ホテルの部屋だけではなく、ピッチ上でもこの二人は共にプレーをするはずだった。

与えられた絶対的自由が結果的に自らの首を絞めた。

 現代表には、中盤の低い位置から攻撃を司るMF、つまりバルセロナでのシャビのような存在はベロンしかいなかった。

 前線で自由にプレーするメッシを後方からの配球でサポートする役割。それがベテランMFに与えられた仕事だった。

 しかし大会中にある誤算が生じる。それは初戦で起きたベロンの負傷だった。

 ベロンは第2戦を欠場し、決勝トーナメント進出をほぼ決めていた第3戦では調整のため先発復帰するも、万全ではなかった。結局ベロンはベスト16以降のメキシコ戦とドイツ戦でもベンチスタートとなっている。

 司令塔の不在はメッシのポジションに微妙な変化を与えることになる。

 組み立ての役割もこなすことになった彼は、徐々にポジションを下げ、センターサークル付近でボールを持つ場面が増えていく。

 メッシに与えられた絶対的自由が、結果的に自らの首を絞めることにもなった。

 上手く進まない攻撃に、メッシはボールに触ろうと、中盤の低い位置に顔を出す。高い技術で一人二人をかわすことはあったが、ゴールに近いエリアでの決定的なプレーは減った。

キーマンをどう抑えるのかを熟知していたドイツ。

 アルゼンチンを4-0で破ったドイツのレーブ監督は、準決勝で敗れることになるスペインについてこう語っている。

「スペインはアルゼンチンと違ってメッシだけのチームではない。彼らには複数のメッシがいる」

 レーブが語るように、アルゼンチンには攻撃を作る選手がメッシしかいなかった。シャビ、シャビ・アロンソ、イニエスタら、複数の選手が中盤で連動しながら崩すスペインとの違いはそこだった。スペインのデルボスケ監督も続ける。

「メッシは優れた選手だが、チームが勝つためには集団で戦わなければならない。彼は大会で最も優れた選手の一人だったが、チーム状態に影響されてしまった」

 個の能力に大きな差があったグループリーグで、その現実は浮き彫りになることはなかった。ベスト16のメキシコ戦でもだ。

 しかし今大会でアルゼンチンが初めて対戦した、個も組織も整った強国ドイツには、近代サッカーの中でキーマンをどう抑えるのかを熟知した選手たちが揃っていた。

 かくしてドイツは中盤をコンパクトに保ち、メッシのためのスペースを消し去り、ボール奪取後には手数をかけずに攻め、そして4度もゴールネットを揺らした。

【次ページ】 マラドーナの戴冠から24年。時代は変わっていた。

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