スペインサッカー、美学と不条理BACK NUMBER
なぜバルデスは突然退団を表明した?
バルサで守護神を務めるという孤独。
text by
工藤拓Taku Kudo
photograph byDaisuke Nakashima/AFLO
posted2013/02/22 10:30
バルデスに向けて感謝のメッセージを掲げるカンプノウのファン。
背景にはバルデスとスビサレッタSDとの関係悪化が。
バルデスがピッチ外の言動で議論の的となったのはこれが初めてのことではない。
トップチームデビューを果たして間もない2002年11月、当時20歳の彼はルイス・ファンハール監督からBチームでのプレーを命じられたことに腹を立て、その後数日にわたり練習と試合を無断で欠席したことがある。
クラブ史上初の三冠獲得を実現した直後の2009年夏には、シャビやイニエスタの契約内容を上回る900万ユーロへの年俸アップをクラブに要求したことで、契約延長交渉を大いに難航させた。また昨夏にフアン・カルロス・ウンスエGKコーチが退団した原因がバルデスとの不仲にあったのは周知の事実である。
今回の一件についても、その裏にはスビサレッタとの関係悪化があった。
史上4度目のビッグイヤーを獲得した2011年5月のチャンピオンズリーグ決勝後、バルデスは同じくバルサの守護神として活躍した先輩のスビサレッタに試合で着用したユニフォームをプレゼントしていた。
そんな両者の関係が僅か1年と少しの間になぜそこまで変わってしまったのかは分からない。ただバルデスから退団の意思を告げられる直前まで「契約交渉は順調」とスビサレッタが公言していたことからも、両者の間に大きな認識の違いがあったことが窺える。
周囲からの愛情の欠如がバルデスの心を傷つけた……!?
人一倍プライドが高く、繊細で傷つきやすいバルデスは、シャビやイニエスタ、プジョルら、他の自分と同じ境遇の生え抜き選手に比べ、以前から自身がクラブから正当な評価を受けていないという意識を抱いていたという。
超攻撃的なスタイルに伴う守備のリスクを一手に引き受けるだけでなく、バルサのGKには最終ラインからの組み立てに必要な高度な足元の技術も求められる。
ミスを犯す度に非難の集中砲火を浴びる一方、そんな難しい役割を毎試合こなし続けていることはさほど注目されない。賞賛を浴びるのはいつだって、華やかなパスサッカーを展開するフィールドプレーヤー達ばかりだ。もしかすると彼は、そんなバルサでのプレーに嫌気がさしてしまったのかもしれない。
2009年夏。一時は決裂寸前まで至った契約交渉を終えた後、バルデスは言っていた。
「愛するクラブでキャリアを全うするのは子供の頃からの夢だった」
それが今、彼は自らその夢を捨てようとしている。
10歳からクラブでプレーする生え抜き選手として人々に愛され、クラブ史上最高のGKと称えられてきたはずの守護神が、常に周囲から十分な愛情を受けられていないと感じ続けた末、“家”を出ていくことを決断するに至る。皮肉な話である。