スペインサッカー、美学と不条理BACK NUMBER
なぜバルデスは突然退団を表明した?
バルサで守護神を務めるという孤独。
text by
工藤拓Taku Kudo
photograph byDaisuke Nakashima/AFLO
posted2013/02/22 10:30
バルデスに向けて感謝のメッセージを掲げるカンプノウのファン。
「ビクトル・バルデス、バルセロナの契約延長オファーを断る」
1月17日夜、スペインの通信社『EFE』が1本の短いニュースを報じた。
その2時間ほど前、スポーツディレクターのアンドニ・スビサレッタとスポーツ部門の最高責任者であるジョセップ・マリア・バルトメウ副会長は、バルセロナ郊外にある練習場のオフィスにバルデスの代理人ヒネス・カルバハルと父ホセ・マヌエル・バルデスを迎えた。
クラブを代表する彼らは、バルデスに年俸アップを含めた2年間の契約延長をオファーするはずだった。しかし、オフィスにやってきた代理人と父親はバルデスが交渉の席に着く意思がないことをクラブ側に通達。しかもクラブの反対を無視し、ほどなく『EFE』を通してその意思を公表してしまったのである。
「自分のキャリアがバルサで終わるのかどうかは時間が教えてくれる。バルサのGKを務めるのは難しい。自分は長年そのプレッシャーに耐え続けてきた。他の文化、他のリーグを経験する可能性も考えている」
同月3日に行われた練習後の会見にて、バルデスはそう言って移籍の可能性を示唆していた。それでも2002年のデビュー以来、ほぼ10年間にわたりバルサのゴールマウスを守ってきた守護神の突然の退団表明は、日本のファンには想像もつかないほどの大きな衝撃をカタルーニャの人々にもたらすことになった。
なぜチームが微妙なこの時期に退団を公表したのか?
3日前に31歳の誕生日を迎えたバルデスにとって、今回の契約交渉は10歳で入団したバルサでプロキャリアを全うするかどうかを決断する最後の機会だった。ゆえにチームとして獲得可能なタイトルを取り尽くし、個人としても4年連続計5回のサモラ賞(リーガ・エスパニョーラの最少失点GK賞)を独占した後、キャリアの最後に新たな挑戦へ踏み出そうという決断は理解できる。
「彼の決断を尊重したい。時に我々はバルセロナこそ最高のクラブだと考えてしまいがちだが、他の場所、他の文化を経験する権利はみなが持っている」
病気の治療でニューヨークへ向かう少し前、ティト・ビラノバ監督はそう言っていた。
しかし、なぜ彼はシーズン終了まで黙っていられなかったのか。
重要な試合が続くこの時期、しかもビラノバは再発した耳下腺腫瘍の治療中という時に、彼はチームが余計な騒音にさらされることを承知で退団の意思を公表した。それは多くのバルセロニスタにとって理解しがたいことだった。