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今夏の“奪三振王”桐光・松井裕樹。
常総学院を手玉にとった投球術とは?
text by
中村計Kei Nakamura
photograph byKyodo News
posted2012/08/16 18:10
今治西から22個、常総学院から19個の三振を奪った桐光学園の松井裕樹。一大会の最多奪三振記録は1958年の坂東英二(徳島商)の83個。あと43個の三振を取れるか?
「(ボールが)途中で消えるような感覚がありました」
全4打席すべて三振を喫した6番・吉沢(右打者)は松井の印象をこう語る。ちなみに吉沢は第1、第2打席はストレートで空振り三振、第3、第4打席はスライダーで空振り三振に倒れている。
「カーブは軌道が違うのでわかった。ただ、真っ直ぐとスライダーは区別がつかなかった。右打者に対してはストレートが多かったんですけど、真っ直ぐ狙いがばれた後はスライダー中心に切り替えられた。スライダーも、バットに当てられないことはないと思ってたんですけど、腕の振りがいいので、つい真っ直ぐのつもりで振りに行ってしまう。それで途中で消えるような感覚がありました」
常総学院も、ただ手をこまねいていたわけではない。3番・内田靖人(右打者)は8回表2死二、三塁で、1ボール1ストライクからの3球目、スライダーがくると読んで、前方にステップしながら振りに行き、中前に2点タイムリーを放っている。
「前のボールでスライダーを空振りして、ぜんぜん合ってなかったので、またくると思った。だから、スライダーが落ちきる前に打ってやろうと」
常総学院の各打者は、松井のスライダー対策として、あらかじめそういう打ち方を練習していたのだ。だが、その「奇策」は、必ずしも奏功したわけではない。
初戦で封印していたチェンジアップを2球だけ投げた理由。
7番・菅原(左打者)は、一塁ゴロだった第3打席以外は、いずれもスライダーで空振り三振している。
「打つときに前にステップすると、相手は、さらに低いスライダーを投げてきたりした。それだけ低ければ普通は見極められるんでしょうけど、こっちもステップした勢いでつい手が出てしまった」
最終回、菅原がベース手前でワンバウンドするスライダーに手を出してしまった裏には、松井とのそんな駆け引きがあったのだ。
この日、松井が示したもうひとつの能力――。
それは「対応力」だ。
松井はこの試合、初戦で封印していたチェンジアップを2球だけ試した。
「ある程度、試しておかないと、次の試合で使えなくなってしまうので」
身長174センチの小兵の左腕は、まだ余裕綽々だった。