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一気に世界まで駆け抜けた酒井宏樹。
柏レイソル関係者の証言で綴る足跡。 

text by

細江克弥

細江克弥Katsuya Hosoe

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photograph byAFLO

posted2012/06/22 10:30

一気に世界まで駆け抜けた酒井宏樹。柏レイソル関係者の証言で綴る足跡。<Number Web> photograph by AFLO

「ロッベンやリベリーと戦って、自分がどれだけやれるかが楽しみです」とブンデスリーガでの試合を心待ちにする酒井宏樹。2012-2013シーズンにおけるブンデスリーガの開幕日は8月24日。

 思ったことをただ無造作に書き連ねるだけの取材ノートに、こう書いてある。

「ホントに大丈夫だろうか、この選手は」

 2010年9月11日、J2リーグ第25節。ホームにカターレ富山を迎えたこの試合、右サイドバックとしてスタメンに名を連ねた20歳の酒井宏樹は、明らかに浮足立っていた。

 軽率なトラップミスやパスミスを連発し、出るにも引くにもポジショニングが中途半端。前方に位置するレアンドロ・ドミンゲスとの呼吸が合わず、叱咤されては悩みを深め、ボールに絡んではミスを連発する悪循環に陥っていた。

 同点で迎えた終盤の86分、ピッチ上にうずくまる酒井を途中出場の北嶋秀朗が半ば無理やり引き起こし、「立て! 時間がない!」と鼓舞するシーンはこの試合のハイライトの一つだ。柏サポーターにとっては北嶋の完全復活の予兆となるシーンとして記憶に新しいところだが、一方で、20歳の酒井にとっては“怒られ続けた90分間”だった。

酷評せざるを得なかった、酒井の右サイドバックデビュー。

 スタメン出場はこの試合が3戦目。しかし前の2試合はいずれもセンターバックとしてピッチに立っていたため、右サイドバックでのスタメン起用は初めてだった。当時のチームは守備陣に故障者が続出し、台所事情はひっ迫していた。とはいえ、J1昇格を争う重要なシーズン中盤である。文字どおり上から目線で、初めて見る右サイドバックの“酒井評”をこうノートには記していた。

「サイドバックの動きじゃない。そもそもこんな大事な試合で、1年目のセンターバックに右サイドをやらせるなんてナンセンス」

 振り返れば、まったくもって余計なお世話である。

 酒井はそれからわずか1年ほどでA代表のサイドバックとして名を連ね、世界が注目するトッププレーヤーへと急成長を遂げた。何より、彼はあれだけの長身なのにセンターバックの選手ではなかったのである。

Jデビューから海外移籍まで一気に駆け抜けていった酒井。

 今季開幕前のグアムキャンプに足を運んだ際、すっかり“メジャー”になった酒井にルーキーイヤーの素直な感想を伝えた。すると、彼はいつもどおりのはにかんだ笑顔で、後頭部を掻きながらこう振り返った。

「あの頃はまだ、気持ちが弱くて、自信を持ってプレーすることができなかったんですよね」

 デビューから現在に至るまでのシンデレラストーリーは周知のとおりだ。昨季は27試合に出場し、クラブ史上初のリーグ制覇に大きく貢献。ベストヤングプレーヤー賞の受賞にとどまらず、五輪代表、A代表へと一気に駆け上がった。昨年末にはブラジルの名門サントスFCから正式オファーが届き、ドイツのハノーファーから練習参加の要請を受けた。

「劇的にうまくなったとは思いません。でも、監督からも信頼されていると思えるようになって自信が付きました。それからは1試合1試合が楽しくなって、慌てることも、臆することもなくなったと思います」

【次ページ】 「レイソルに、いいニュースが届くようにしないと」

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