Jリーグ万歳!BACK NUMBER
一気に世界まで駆け抜けた酒井宏樹。
柏レイソル関係者の証言で綴る足跡。
text by
細江克弥Katsuya Hosoe
photograph byAFLO
posted2012/06/22 10:30
「ロッベンやリベリーと戦って、自分がどれだけやれるかが楽しみです」とブンデスリーガでの試合を心待ちにする酒井宏樹。2012-2013シーズンにおけるブンデスリーガの開幕日は8月24日。
「レイソルに、いいニュースが届くようにしないと」
さらに約3カ月後の4月27日、クラブハウスの駐車場で、トレーニングと治療を終えて帰路に就こうとする酒井を呼び止めた。ハノーファーかドルトムントか、いずれにしてもブンデスリーガへの移籍が確実と報道された直後のことである。ぶら下がり取材が散会となって二人きりになると、彼はこうつぶやいた。
「もっと早く行きたかったですね、海外」
海外移籍そのものへの決意は、つまり、だいぶ前から固まっていたということか……。
しかし、ハノーファーへの移籍が正式に発表されるまでには、それからさらに約1カ月半の時間を要した。両クラブがリリースしたのは6月13日。3日後に行われた大宮アルディージャ戦後のミックスゾーンで、酒井に心境を聞いた。
――発表されて、すっきりしたでしょ?
「そうですね。ずっと言えなかったので。正式に決まっていなかったから仕方ないんですけど、メディアの情報だけが出ちゃっている状況だったので、少し戸惑いました」
――もどかしさというか、悩んだ時期もあった?
「正式に決まったのは少し前なので、気持ちの準備はしてきたつもりです。ただ、悩んだ時もありました。去年の年末くらいから、今にかけてずっと。移籍の話はその頃からあったので、それからずっとですね」
――長くて、深い悩みでしたね。
「幸運なことに、いろんなオファーをもらいました。それでまた悩みが増えたというか……。僕、ユージュー(優柔不断)なんで(笑)」
――いくつかの選択肢の中から、ハノーファーを選んだ理由は?
「実は、もっといい条件のオファーもあったんです。でも、やっぱり自分が安心してプレーできるところを選んだというか。監督もずっと変わっていないし、順位も変わってない。安心してプレーできる環境であるということが、すごく大きかったですね」
――今の素直な気持ちは? 楽しみ?
「やっぱり、ワクワクしてます。チームへの合流が出遅れるから最初は(試合に)出られないかもしれないけど、とにかくすぐに出られるように頑張ります。レイソルに、いいニュースが届くようにしないと」
金銭的にもレイソルが潤い、本人も移籍先も納得の移籍となった。
強化部門のトップにあたる小見幸隆・統括ダイレクターによると、「最終的には7、8クラブからオファーがあった」という。
少年時代からこの柏で育った酒井は、クラブにとってまさに生え抜きの選手である。だからこそ、「ウチで育って、海外のクラブからちゃんと評価されて、適正な価格で移籍する」ことには大きな意味がある。近年、多くの日本人選手が“Jから欧州”への移籍を果たしているが、その評価や期待とは裏腹に、タダも同然で海を渡るケースが少なくない。酒井の移籍金は推定100万ユーロ(約1億円)。「日本の市場を守るという意味でも良かったと思う」という小見の言葉にも頷ける。
「サッカー選手という商品にちゃんとした値段がつかなかった現状があるからね。だから酒井の移籍は、クラブにとっても、Jリーグにとっても大きいと思う。お金のことだけを考えれば、ハノーファーよりいい条件のオファーはあったんだよ。差額で言えば2000万円くらいのものだけどね」
クラブにとっては、より高額な移籍金を提示するクラブを選んでくれたほうがありがたい。小見は冗談混じりに「頼むよ~、なんて思ったけどさ」と言って笑いながら、決定に至るまでの経緯を説明した。
「本人が慎重に、いろいろなことを考えて、最終的にハノーファーを選んだ。彼らは強化担当をこっちに派遣して熱意を伝えてきたし、その真剣さは確かに伝わったよ。酒井は向こうの監督とテレビ電話で話をしているし、最初から最後まで、とにかく熱心だったから」
両クラブの交渉がまとまり、本人がサインしたのは正式発表の約1週間前のことだ。アゼルバイジャン戦を迎える日本代表の静岡合宿中、酒井はようやく決意を固めたという。