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<認め合う同級生エース> 松坂大輔×和田毅 「武蔵と小次郎の如く」 

text by

石田雄太

石田雄太Yuta Ishida

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photograph byNaoya Sanuki/Hideki Sugiyama

posted2010/04/08 10:30

<認め合う同級生エース> 松坂大輔×和田毅 「武蔵と小次郎の如く」<Number Web> photograph by Naoya Sanuki/Hideki Sugiyama

12年前の貴重なツーショット。この大会、松坂は決勝で無安打無得点試合を達成し、横浜が春夏連覇。和田の浜田高は準々決勝で敗退

高校時代の松坂と和田の距離は大きく開いていた。

 自称“高校野球オタク”の松坂は、2年生の夏、すでに甲子園で背番号1を背負って投げた島根代表の和田の名前は知っていた。しかし、将来、もっと上のレベルで鎬(しのぎ)を削るかもしれない相手として、見てはいなかった。

「高校のときは直接、投げ合ったことがなかったんで、テレビで見ただけですけど、ボールは速くないのにキレがあって、リズムやテンポもよくて、考えながら投げているんだなというのは伝わってきました。でも、いいピッチャーというだけで、自分が意識する相手になるとは正直、思ってませんでしたね」

 3年夏、和田のいた浜田はベスト8まで勝ち残っていた。だから、延長17回を一人で投げ抜いたPL学園戦での松坂の凄まじいピッチングを、和田は意外な場所から見ていた。

「PLと横浜が準々決勝の第1試合で、僕たちは第3試合でした。甲子園に着いたら、まだやってる。延長13回だったかな。アルプス席と室内練習場との間に整備の人が出ていく通路があって、そこから外へ出てみたら、大輔が投げてるところが見えたんです。真横からでしたけど、大輔のボール、もう、ムッチャ速かったですよ。うわっ、こんなプロみたいなボールを投げてんだ、なんちゅうピッチャーやと……すげえ、という実感が、初めてナマで観て、急に湧いてきたんです」

六大学の記録を塗り替え“その他大勢”から“和田毅”へ。

 和田にとっての松坂は、雲の上の存在だった。そして、松坂にとっての和田は、早大に進んでからもその他大勢の一人に過ぎなかった。しかし、やがて和田が頭角を現す。一気に球速を増し、江川卓の持っていた東京六大学の奪三振記録を25年ぶりに塗り替えたのである。松坂の視界に、和田が入ってきた。

「毅の奪三振記録のニュースをテレビで見たんですよ。三振取られたのが後藤(武敏、横浜高のチームメイトで、法大から西武)だったんで、よく覚えてます。チェンジアップを後藤がぶっさいくに三振してました(笑)」

 和田が、神宮であの江川を上回るだけの三振を取れるようになったのには、それだけの理由があった。和田が打ち明ける。

「僕はもともとプロに入れるような選手ではなかったんです。でも大学に入って、スピードを上げるためにフォームを全部、ぶっ壊しました。球の遅いピッチャーに失うものなんかないし……そのとき、真似したのが、大輔のフォームです。テレビで大輔が投げるのに合わせて、大輔が振りかぶったら僕も振りかぶって、同じテンポで投げました。利き手と逆の腕の使い方、力の入れ方、そういう大輔の投げざま、雰囲気を真似したかったんです。他にもいろんなことを工夫した結果、1カ月半で13キロもスピードが上がりました」

【次ページ】 プロ1年目で日本一に貢献し、和田は松坂と肩を並べた。

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