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<美しき孤高の滑走者> 岡崎朋美 「38歳、五度目の正直」 ~特集:バンクーバーに挑む~ 

text by

矢内由美子

矢内由美子Yumiko Yanai

PROFILE

photograph byKenta Yoshizawa

posted2009/12/19 08:00

<美しき孤高の滑走者> 岡崎朋美 「38歳、五度目の正直」 ~特集:バンクーバーに挑む~<Number Web> photograph by Kenta Yoshizawa
0.05秒に泣いたトリノ五輪から3年、彼女はいまだに成長を続けていた。笑顔に秘めた闘争心、弛まぬ克己心、そして豊富な経験を武器に、5度目の五輪で完全燃焼する。

 ひんやりとした空気がリンクの中を反時計回りに循環している。カラフルなレーシングスーツに身を包んだ選手たちが、時速50キロにも及ぶ速さで、まるで連結車両のように等間隔を保って黙々と滑走していた。

 秋の気配に包まれ始めた9月。北海道帯広市郊外にオープンしたばかりの屋内スケートリンクで、岡崎朋美は全国からトレーニングのために集まった若い選手たちとともに、汗と笑顔を浮かべていた。

「ここ、いいでしょ。照明が明るいし、室内の温度も低すぎないから、滑りやすいんです」

 十数年前から変わらないスマイル。けれども、受ける印象はずいぶん変わった。リレハンメル五輪のころは、抜けるような白い肌にまだあどけなさが残る、いわばアイドルの微笑みだった。しかし今は幾分シャープになり、穏やかさの中にも強さを秘めた、アスリートの笑顔である。

 スピードスケートの名門、富士急に入社して20年目。初出場のリレハンメル五輪から15年。銅メダルに輝き、国民的ヒロインになった長野五輪からも、既に11年の歳月が過ぎた。

 38歳。バンクーバーは5度目の五輪舞台となる。岡崎には肉体的にも精神的にも、限界というものがないのだろうか。「私にはスケートしかない」と語る彼女に、バンクーバーへ賭ける想いを聞いた。

3位と100分の5秒差。だから「まだやめちゃいけないんだ」。

 2006年のトリノ五輪では3位の任慧(中国)にわずか0.05秒及ばず、惜しくも4位に終わった。その後すぐに、バンクーバーを目指す気持ちになったのだろうか。

「トリノに向けては最高の準備ができていました。'00年に椎間板ヘルニアの手術をしてから6年経っていたので、新しい筋肉がしっかりとついていましたし。競技人生の集大成としてメダルを取りに行ったんですけど、2本目の滑りで失敗した。取れるものを自分のミスで逃してしまったんです」

 スピードスケートの500mは、インスタートとアウトスタートを1本ずつ滑り、2レースの合計タイムで競う。岡崎は1本目3位と好位置につけたが、2本目のカーブでミスが出てしまい、失速した。スタートの直前に、先に滑り終えたライバルのタイムを頭の中で計算してしまったのだ。邪念が入ったことによるミスだった。

「でもあの時、『もうこれで終わりだな』とは思わなかった。まだやめちゃいけないんだなと。だって、3位と100分の5秒差ですよ。悔しいと言うか、何と言うか……。正直言うと、誰かドーピングに引っかからないかな、なんて思ってました(笑)」

【次ページ】 北京五輪で躍動する選手たちが岡崎のスイッチを入れた。

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