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涌井秀章 西武日本一へのキーマン。 

text by

阿部珠樹

阿部珠樹Tamaki Abe

PROFILE

photograph byTamon Matsuzono

posted2008/10/30 21:14

涌井秀章 西武日本一へのキーマン。<Number Web> photograph by Tamon Matsuzono

 だが、第5戦の投球はまるで別人だった。3ボールまで行った打者は、わずかにひとり。それも9回2死からだった。無四球3安打完封。制球が安定していたので、投球テンポはおのずと速くなり、それが味方の攻撃に好影響を与えた。3回までに早々と5点を取ってライオンズが試合を決定づけることができたのは、涌井のテンポのよさが大きかった。

 「シーズンでいい結果が残せなかったので、その分やってやろうという気持ちが強かった。今年一番の投球だったと思います」

 試合を振り返って、自ら満点をつけた。第5戦は、最初から気合の入り方が違っていたのだ。

 もうひとつ、涌井が今シーズン最高の投球を見せた背景がある。同い年で親友といってもよいダルビッシュ有の投球だ。涌井がなんとかしのいだ末、味方の援護もあって勝ちを拾った第1戦の翌日、ダルビッシュは相手のマウンドで仁王立ちして吼えていた。前日に10点取ったライオンズ打線は、ダルビッシュにほぼ完璧に抑え込まれた。「エースの投球」というものを、親友が身をもって示したのだ。これに刺激を受けないはずはない。「(ライオンズのホームで完封なんて)KYだぞ」と冗談めかしたメールを送ったというが、内心では、自分も絶対それに匹敵する投球を見せてやると意欲をかき立てられたはずなのだ。完全試合ではなく、ダルビッシュと同じ被安打3の完封で終えたのは、あるいは親友への心遣いだったかもしれない。

 涌井の好投は渡辺久信監督にとって、格別にうれしいことだった。CSが開幕する前から、「キーマンは涌井だ」と繰り返しいってきていた。

 「彼にとってもぼくから見ても、不満の残るシーズンだった。だから宮崎・南郷のキャンプの時、部屋に呼んで、お前が主役になれと直接いって聞かせた。それに答えて、エースとしての仕事をきっちり果たしてくれたね」

 渡辺監督は、松坂大輔のあとを継いで、ライオンズの屋台骨を背負ってゆくのは涌井だと早くから認めていた。それだけにきびしく接することも少なくなかった。二軍監督時代は、安易な練習態度をきびしく叱責したことがあったという。CS直前のフェニックスリーグの登板でも、本塁打を打たれた涌井にベンチの中で直接強い調子でアドバイスしたという。普通、エースと呼ばれるような投手に、監督が「直接指導」をおこなうようなことはめったにない。

 直前の状態だけを見れば、2度の登板機会を与えるのは冒険にも思われたが、渡辺監督は、あえて2度先発に立てた。

 「我慢して使ってもらった監督には感謝したいです」

 だが、監督も涌井も、手放しで喜びを分かち合うのは、もう少し先だと思っている。見すえる先は日本シリーズだ。ライオンズが勝った2004年、涌井はまだ高校生だった。高校の先輩、松坂の投球を、おそらくテレビで見ていたことだろう。松坂が日本一を手に入れたマウンドに、今年は自分が立つ。受け継いだバトンを落とすわけには行かない。

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