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涌井秀章 西武日本一へのキーマン。
text by
阿部珠樹Tamaki Abe
photograph byTamon Matsuzono
posted2008/10/30 21:14
涌井秀章の色白の顔は、回を追うごとに白さを増してゆくように見えた。もちろん、スタンドからマウンドの選手の顔色がはっきりわかるわけではない。おそらくこの日の涌井の投球がそうした印象を与えたのだ。この日の涌井は7回2死までひとりの走者も許さなかった。本来ならアドレナリンの放出が高まり、顔面には赤みが差してくる。ところが、投球はあくまで冷静沈着、7回2死から初の安打を打たれたあとも、打たれる前と全く変らぬリズムで投げつづけ、そのままゴールした。このどこまでも落ち着き払った投球が、白さを増してゆく顔色という印象につながったのだろう。
最後の打者の稲葉篤紀をこの日最速の148kmのストレートで空振り三振に打ち取り、勝利とチームのCS優勝が決まった時、涌井は右手をあげて喜びを表わした。しかし、その右手は高く突き上げられたものではなく、控えめに胸の高さにとどまっていた。
マウンドに集まったチームメイトにもみくしゃにされる涌井は、混雑のひどさにつり革をつかむこともあきらめて、人ごみに身をゆだねる若いOLのようにも見えた。
日本シリーズ進出を決める試合で、あわや完全試合かと思わせる抜群の投球を見せて、完封勝利を飾った22歳のこの落ち着き、この冷静さはどこから来るのだろう。
「ベンチでいわれていました。打たれるだろうなとは思っていたんで」
試合のあと、完全試合を逸した7回の安打について聞かれても、特に悔しがるでもなく淡々と答える。最速のストレートで三振を奪った最後の投球についても「悔いのないように渾身のストレートを」といった、見出しになりそうな言葉は返ってこなかった。
「今日は球速が出ていたんで、間違って振っちゃったんじゃないですか」
言葉だけを拾ってゆけば、どこまでもクールな、ちょっとへそ曲がりの顔しか浮かび上がってこない。
だが、投球を見れば、そうした「血圧の低さ」はあくまでもマウンドを降りたときのものであることがわかる。
涌井はこのシリーズで2度先発した。最初の先発となった第1戦は、今シーズンの涌井をそっくりなぞるような出来だった。コースをねらいすぎて、投球数が多くなり、苦しくなって甘いところに投げては痛打される。二ケタ勝ち星にはなんとか届いたが、負け数のほうが上回り、とてもエースと呼べる成績ではなかった。第1戦も同様で、6回までに115球も投げ、1回から3回までに3ボールになった打者が6人もいた。それでも1失点に踏みとどまったのは、やはりエースの自覚だろう。