社台スタリオンステーション(SS)のある北海道・安平町一帯は、やわらかな陽が降り注ぐ、過ごしやすい陽気だった。
イクイノックスは、馬房で前脚を折って腹這いになっていた。現在の「仕事」の本日分を済ませ、寛いでいたのだ。
「種付けは、1日に2頭が基本です。3頭のときもあれば、1頭しか付けず休ませることもあるなど、臨機応変にしています」
社台SS場長の徳武英介はそう言ったあと、通路を挟んだ向かいの馬房を指し示した。馬名や血統などが記されたプレートに「キタサンブラック」とある。イクイノックスの父である。徳武はつづけた。
「父仔が向かい合わせの馬房にいるのは、たまたまなんです。種牡馬同士は縄張りを争うライバルの関係なので、新しい馬が入ってくるとイライラしたり、攻撃的になったりする馬もいる。でも、キタサンブラックは他の馬をあまり気にしないので、新たに来た馬たちを正面に入れたんです」
ここは生産牧場とは違い、種牡馬の繋養に特化した施設だ。イクイノックスの並びの馬房には、この馬と同じく今年から種牡馬になったシュネルマイスターとグレナディアガーズが入っている。
撮影のため、イクイノックスが馬房から出てきた。「また種付けだと思って入れ込まなければいいですが」という徳武の懸念をよそに平然としている。私と編集者、カメラマンの動きや匂いなどから、普段接しているホースマンではないことを察し、種付けのために出されたわけではないことをわかっているのだろう。私は、一昨年の日本ダービーのあと、ノーザンファーム天栄で休養していたこの馬の撮影にも立ち会ったのだが、そのときも、カメラを構えた人間の前で少しの間じっとしていたら馬房に戻れることを理解していたこの馬の頭のよさと落ちつきに驚かされた。黒光りする伸びやかな馬体と整った顔はあのころのまま、「第二の馬生」を歩みはじめて風格を備えた立ち姿は惚れ惚れするものだった。
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