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「まだだ、チー坊」“引退目前”小島太が鞍上でサクラチトセオーと会話を続けたわけ「俺の“神業”だったと思います」【神騎乗列伝:1995年天皇賞・秋】

2024/10/29
'18年に引退するまで調教師としてもGI5勝をあげた小島太
鞍上は相棒に向かってしきりに語りかけ、同時に、自分に言い聞かせてもいた――。誰よりもピンクと白の勝負服が似合う男が最晩年に見せた乾坤一擲の大勝負を振り返る。(原題:[華の真骨頂]1995年 天皇賞・秋 サクラチトセオー&小島太「まだだ、チー坊」)

「チー坊、まだ早いぞ」

 1995年天皇賞・秋のゲートが開き、最初のコーナーを回って向こう正面へ入っていく馬群の後方を追走しながら、小島太は鞍下のサクラチトセオーに向かってそう声をかけていた。

 枠順は最内の1番。スタートも抜群だった。にもかかわらず、小島はサクラチトセオーのポジションをすぐに下げた。いや、下げたというよりは、ゆっくり走るサクラチトセオーを、序盤に少しでも良い位置を取りたい他の馬たちが外からどんどん抜いていき、自然と下がったような形だった。いずれにせよ、それは金曜日の枠順抽選で1番枠になったときから、こうしようと小島が決めていた乗り方だった。

こう乗ると決めたんだから、それは“負け”じゃないんだ。

 普通なら有利な1番枠だが、スタートから脚を使って前の位置を取ることが得意ではない追い込み馬のサクラチトセオーにとっては、囲まれてしまい、自分のペースで末脚を温存したり仕掛けたりできなくなる危険がある。そう考えた小島の結論が、だったら下げてしまえばいい、だった。

 他の馬のいない後方まで下げて、しかし距離のロスだけはしないよう、インコースぴったりを追走して脚を溜めよう。そうやって最後の直線で大外に出せば、きっと届く。それだけの末脚をサクラチトセオーは持っている。そう考えたのだった。

 もし届かなくてもいいじゃないか、と小島は思った。こう乗ると決めたんだから、それは“負け”じゃないんだ、と。

 向こう正面に入ったとき、サクラチトセオーのポジションは17頭中の16番手にまで下がっていた。しかも、前のマチカネタンホイザからは2馬身ほどの差がある。そこからさらに2馬身ほどの最後方にサマニベッピン。この2頭だけがポツン、ポツンと置かれた格好でレースは進んでいた。

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photograph by Shigeyuki Nakao

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