2年夏はベンチ外だったがわずか1年で優勝投手へと上り詰めた。飛躍を続けるエースの原点に迫る。(原題:[雌伏の時を経て]今井達也(作新学院)「古豪復活のノーサイン野球」)
2016年夏、エース今井達也を擁する作新学院を優勝候補に推した人は少なかった。
「1学年上の代が優勝候補と期待されていて、僕らの代は甲子園に辿り着けばいいくらいの感じだったんです」
早川隆久(楽天)の木更津総合や寺島成輝(元ヤクルト)の履正社、藤平尚真(楽天)の横浜、高橋昂也(広島)の花咲徳栄などの前評判が高く、今井は彼らに「こういう人たちがプロに行くんだろうな」という視線を向けていた。
そんなチームの可能性を「今井次第で上まで行ける」と信じていたのが、就任して10年目の指揮官・小針崇宏だった。
選手の考える力を育てた、常識破りの“ノーサイン野球”。
同校OBで筑波大を卒業後の'06年9月に監督に就いた小針は、就任当時23歳の指揮官だった。
そんな小針が監督として最初にインパクトを残したのはベスト4に進出した2011年夏の大会だ。1回戦の福井商戦で11-1と完勝。2回戦で唐津商、3回戦で八幡商に競り勝つと、準々決勝では智辯学園との7-6の打撃戦を制した。その際、敗れた智辯学園の小坂将商監督に「今まで考えたことのない野球」と言わしめたのが小針の攻撃野球だ。
高校野球においては無死などで走者が出た場合、送りバントで走者を進めるケースが多い。一方で小針はそうした定石通りの野球をしない。ほとんど作戦を講じないノーサイン野球。それが若くして栃木県の古豪を再び甲子園の常連に押し上げた手腕だった。
「本当に公式戦ではサインが出た記憶がないんです」
小針とはどういう指導者だったのか。続けて今井が証言する。
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photograph by Katsuro Okazawa / Yuki Suenaga