「局面が苦しいときは、そのまま自然に進めてもさらに苦しくなるので、なるべく相手玉に少しでも迫る形を作って、何とか複雑にできればと考えて指していました」
(藤井聡太、八冠達成翌日のコメント)
将棋の対局をマラソンに例えると、盤上だけではなく、持ち時間のペース配分も重要になります。特に藤井が相手だと終盤までにどれほどリードを保てるかが大事。しかし問題は、その終盤にあります。持ち時間を使い切ると1分以内に指さなければならない。言うならばマラソンが突如、短距離走に変わるのです。藤井は競技場に戻ってからのトラックレースで驚異的な強さを発揮します。40km走った後に100mを10秒切るスピードで猛追してくるようなもの。第94期棋聖戦、第64期王位戦と連続してタイトル戦を戦った佐々木大地七段は、「序中盤を五分の分かれか、ちょっと耐えているぐらいで潜り抜けられたとしても、その先が難攻不落」と語ったほどです。
さらに厄介なのが、藤井は罠を仕掛け、障害物レースに持ち込んでくることです。迷路も作って、ルートもゴールも変更する。こんなところにハードルあったっけ? ゴールはどこだっけ? と対局相手を迷わせてミスを誘い、その間に抜き去ります。
永瀬は「雁木」で主導権を握るが、藤井の寄せ合いで逆転に。
1勝1敗で迎えた第71期王座戦第3局、後手番の永瀬拓矢は普段採用しない「雁木」にし、9筋の端歩を突き越し、さらに飛車を一つとなりに寄る「袖飛車」にします。永瀬はこの作戦のため、雁木が得意な三段を数人集めて研究会を開いたそうです。タイトルホルダーが弟弟子でもない奨励会員に呼びかけて研究会を開くなど、聞いたことがありません。永瀬は初めて採用した戦型で時間を使ったため、残り時間のアドバンテージはありませんでしたが、盤上の主導権は握りました。居玉のまま9筋の端から仕掛けてスパートし、逆サイドからも攻めて包囲網を築きます。藤井も強気の対応をしますが、ここで永瀬は2度目のスパート。逃げ場の少ない居玉にもかかわらず、飛車を切って、角を見捨てて迫ったのです。
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