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「あれが三笘伝説の始まりですね」三笘薫の土台となった「覚悟と狂気の4年間」<筑波大同期が語るストイックすぎる日々>

2023/06/24
三笘在籍時の筑波大サッカー部は2017年の天皇杯で快進撃。写真左から6人目の「背番号9」が三笘だ
三笘薫が選んだ進学の道は、4年後の劇的なJデビューを実現させた。遠回りに見えたルートには、今も刺激し合う3人の同志がいた。

 川崎フロンターレのトップチームへの昇格を打診されながら大学進学の道を選んだ三笘薫が、筑波大に入学したのは2016年のことだった。同じ年、三笘と同様にJクラブのアカデミーから筑波大の門を叩いたのが、山川哲史、高嶺朋樹、阿部航斗の3人である。

 長身センターバックの山川は三笘と同じようにヴィッセル神戸でトップ昇格のオファーを受けながらも「プロとしてやっていく自信がなかった」ことを理由にこれを断り、大学で研鑽を積む覚悟だった。

 一方で北海道コンサドーレ札幌のアカデミーで育った左利きのセントラルMFである高嶺は、早々に大学への練習参加を決めたことでトップチームからの声はかからなかった。

 アルビレックス新潟U-18に所属していた阿部は、2013年のU-17W杯に出場した実績を持つGKながら、トップ昇格が叶わず、練習参加した際に環境の良さや選手たちの意識の高さに感化され、筑波大への進学を決めている。

 そのいきさつもポジションも異なるものの、プロサッカー選手になるという同じ目的に向け、同期の桜はつくばの地で濃密な4年間を過ごすことになる。

三笘たちが古巣でプロとなる前年、2019年の筑波大イレブン。後列左から阿部、三笘、山川、高嶺が並ぶ JUFA/Reiko Iijima
三笘たちが古巣でプロとなる前年、2019年の筑波大イレブン。後列左から阿部、三笘、山川、高嶺が並ぶ JUFA/Reiko Iijima

 いわゆる推薦枠で入学した4人は、一般入学の新入部員とは一線を画していた。入学当初から部のトップチーム(一軍)入りを果たした彼らはもともとアカデミー時代に顔見知りだったこともあり、仲良くなるのに時間はかからなかった。

 もっとも1年生がすぐにレギュラーを獲れるほど大学サッカーは甘いものではない。能力はあれど、身体がまだできていない彼らは、入学当初は試合に絡むことができなかった。ただし、「まだ1年生だから」と言い訳を口にするわけにはいかなかった。なぜなら推薦枠で入学したもう1人の同期が、レギュラーの座を掴んでいたからだ。

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photograph by JUFA/Reiko Iijima

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