500mの38秒09と、1000mの1分15秒65。2本のレースに自身の“生き様”をたっぷりと投影した。すべてのレースを終えた時、小平奈緒は目を潤ませていた。
「痛みや、やるせなさが涙になって出てしまった」
号泣ではなく、泣き笑いでそう言った。小平の強さと優しさがにじみ出ていた。
「悲しい姿を見せると、同じように悲しくなる人がいる。それに、自分自身もここまで挑戦できたことを納得したいですから」
1000mのレース後に胸元で小さく拍手をした意味を聞かれると、さらに気丈に微笑みながら、そう言った。こらえる目の縁に浮かぶ涙は、冷たさよりもぬくもりを感じさせた。
自身4度目の大舞台となった北京五輪は、女子500mで2大会連続金メダル、同1000mでは連続の表彰台というターゲットがある中での戦いだった。とてつもなく高いハードルがそびえていたのは、たゆまぬ努力で輝かしい実績を手にしてきたからこそ。小平を15年以上指導する結城匡啓コーチはこう語っていた。
「ソチ五輪の後は、全日本スプリント選手権5位というピンチの状態から必死に持ち上げたが、平昌五輪の後は極めて高いレベルで、いかにもうひとつ伸ばすかということに主眼を置いてやってきた」
別次元のトレーニングを積んで来た4年間だったのだ。
ただ、小平自身にとってはタイムや順位だけが目標ではなかった。
「滑りやレースで生き様を見せたい」
背景にあったのは、2020年の苦しかった日々だ。平昌五輪からしばらくたった頃、小平は左股関節の違和感に悩まされるようになり、昨季はとうとう5年ぶりに国内で500mの優勝を逃すなど、大きく低迷した。先の見えないトンネルの暗闇の中で小平が選択したのは、シーズン途中であるにもかかわらず氷から離れ、陸上トレーニングで体を一から作り直すこと。
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