博多の人・王貞治BACK NUMBER
「バカ野郎、今後一切、こういう発言をするな!」ホークス現監督が叩き込まれた“王イズム”の真髄「王監督じゃなきゃ、こんな強くなっていない」
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喜瀬雅則Masanori Kise
photograph byKazuaki Nishiyama
posted2026/09/30 17:05
王が博多で築いたものが脈々とホークスに受け継がれ、今も小久保裕紀、城島健司たちによって伝えられている
私は、複数の球団職員に話を聞く機会も得たのだが、20代から30代の社員たちになると、王という存在を知ったときは「ソフトバンク監督」としての王か、もはや「球団会長」になっていた王なのだという。
それが、時の流れでもある。
いまや巨人の在籍を超えた「ホークスの王」
巨人での現役時代は、1959年から1980年。藤田元司の下、助監督を務めたのは1981年から1983年で、監督は1984年から1988年まで。トータルで30年間、王は巨人のユニホームを着ていたことになる。
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ダイエーの監督就任は1995年。そこから、ソフトバンクに親会社が変わった後も引き続き、2008年までの14シーズンにわたって監督を務め、その後はフロント入り。だから2026年現在で、福岡で32年目のシーズンを迎えたことになる。
「うん、超えちゃったんだよね、いつの間にかね」
王が築いた礎なくして、今のホークスの隆盛はない。
2020年に「会長付特別アドバイザー」として古巣に復帰し、2025年1月からはCBO(チーフベースボールオフィサー)として、チームの編成部門で事実上のトップを務めている城島健司は、王の“遺産”、つまり「王イズム」を伝えていくことが、自らの使命だと公言してやまない。
ユニホームを着て、監督になることには「興味がなかった」という城島は、むしろチーム作りに「そっちに興味があった」。だから「王貞治もすごいけど、根本陸夫もすごい。僕もそうなりたい、というのはあります」と笑う。
現状のソフトバンクは、チーム作りを城島、現場を小久保裕紀が担うという体制だ。
「そこは小久保さんと一緒に二人三脚で、と思っています。でも、そこの礎はやっぱり王貞治に与えられた影響、2000年までのいろんな出来事……初優勝までと、そこから、っていうのは、やっぱり大きかったですね。優勝したとき、あの人の本気を見ました。1回勝ったからって、うわーって喜ぶんじゃなくて、そこからの手綱の締め方、僕らの持って行き方、人間把握術というのはうまかったと思います。言葉といい、あれはやっぱり、あの人の人間味なんです」
だから、師の歩んだ道を追い、その歩んできた道に学ぶのだ。

