博多の人・王貞治BACK NUMBER

「王さんは、ジャイアンツの在籍をもうホークスで超えた」“巨人・王貞治”から“博多の人・王貞治”への32年…屈辱のスタートと苦難の道のりとは 

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喜瀬雅則

喜瀬雅則Masanori Kise

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photograph bySankei Shimbun

posted2026/06/25 11:00

「王さんは、ジャイアンツの在籍をもうホークスで超えた」“巨人・王貞治”から“博多の人・王貞治”への32年…屈辱のスタートと苦難の道のりとは<Number Web> photograph by Sankei Shimbun

「王貞治レガシーデー」にて、ホークスレジェンドたちとともに万感の思いを語った王

 進学を決意していたところに、地元九州の球団からの1位指名を受けた。状況が呑み込めていない高校生のもとに、王がすかさず飛んで来る。それは“翻意”しても仕方がないと周囲に思わせるだけの舞台装置でもあるが、そんな大人の事情など、当時の城島にはまだ深読みできない。

 ただ、自らをプロ野球の世界へ“迎えに来てくれた”恩人への敬慕は尽きることがない。王が手掛けてきた「チーム編成」のノウハウを学び、チームの勝利を日々追求しながら、5年、10年先という中長期のスパンも見据え、勝つための組織をさらに成長させていくという難しいミッションを課されている今、改めて、王の偉大さを痛感している。

“王貞治の意思”を知るものとして

「今は、僕らがこの仕事について、王会長がやられていたことを僕らがやる、っていうことに対しては、ちゃんと“王貞治の意思”を知っているものがやっている、という安心感は多分、少なからず、僕と小久保(裕紀・現1軍監督)さんには持ってくれているのかな、というのは思うんです。

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 で、僕ら2人に『好きにやれ』って言いながらも、僕らがやっていることは会長の手のひらの上、何かあったら相談に乗ってくれて、相談する前から『こういうことだよな?』って分かってくれているような人ですよ」

 そう語る城島は、王がホークスで築き上げてきた、その『歴史』を継承する役割という自負ゆえに、今回の「レガシーデー」の実現へ、自ら先頭に立って企画を立案してきた。セレモニーに列席した「レジェンド」たちへの連絡も、城島が自ら行ったという。

 王の意向で、球団側は背番号「89」を「永久欠番」にはしなかった。城島は、だからこそ、王の背負った「89」を「福岡の特別な番号にしたい」という“別案”を温めていた。

【次ページ】 15人のレジェンドたち

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