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“駅伝の青学大”から日本選手権で大躍進のナゼ…高校は“偏差値67の非陸上強豪校”出身「異色の24歳ランナー」の正体「駅伝ではふがいない結果で…」 

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和田悟志

和田悟志Satoshi Wada

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photograph byAsami Enomoto

posted2026/06/13 17:05

“駅伝の青学大”から日本選手権で大躍進のナゼ…高校は“偏差値67の非陸上強豪校”出身「異色の24歳ランナー」の正体「駅伝ではふがいない結果で…」<Number Web> photograph by Asami Enomoto

陸上日本選手権3000mSCで日本歴代3位の好記録で2位に入った小原響。「大学駅伝の王者」青学大の出身ながら、トラックで存在感を見せている

 優勝争いを繰り広げていた小原は、レース終盤の勝負どころで障害に脚を引っ掛けてしまい、顔面から転倒。顎を強く打ち付け、そのまま起き上がれずにレースを終えた。

「思ったより自分の体が動いていて、自分の感覚と合わないところがありました。トラックに顎をぶつけて、その状態で脳が揺れて……。まあ、そこも含めて力不足かなと思っています。本当に悔しくて、だいぶ引きずりました」

 国立競技場近くの慶應大学病院に搬送されたが、幸いにも精密検査で異常はなく当日中に帰宅できた。また、後遺症が残ることもなかった。

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 しかし、目標だった東京世界選手権に出場するどころか、復帰するまでにも時間を要した。

「(レース後の)1週間、2週間のことは今も覚えていないんです。“そんなことがあったの?”みたいな状態がまだ続いています。そういう状態だったので、慎重を期して、1カ月半ぐらい経ってから走り始めました。ポイント練習(強度の高い重要な練習)を始めたのは(3カ月後の)10月頭だったので、2カ月から3カ月かけてやっとトラックに戻ることができました」

 障害のないフラットレースには秋に復帰したが、本業の3000m障害は、今年4月の金栗記念が復帰戦になった。そのレースでは、青木や新家裕太郎(愛三工業)に競り勝つ勝負強さを見せていた。

 その後、拠点とするアメリカに戻り、トレーニングを積んで、今回の日本選手権に臨んだ。

非陸上強豪校の県立進学校→青学大という異色の経歴

 小原は、宮城県の県立進学校・仙台二華高出身。高校時代から3000m障害を得意とし、高校3年時にはインターハイにも出場した。そして、高校卒業後には、言わずと知れた駅伝の強豪、青山学院大に進んだ。

【次ページ】 なぜ「駅伝の青学大」で障害種目に注力?

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