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「あいつ、男いるんじゃねえのかな」子どもじみた嫉妬も…45歳で逝った“破滅型の野球人”盛田幸妃はなぜそれでも愛されたのか? 妻に遺した最期の言葉
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松永多佳倫Takarin Matsunaga
photograph bySankei Shimbun
posted2026/05/30 11:24
評論家として横浜スタジアムを訪れた盛田幸妃(2012年)。腫瘍は再発、転移を繰り返していたが、暗い顔は見せなかった
「憧れの地だったんで、お店のコンセプトにと思って」
明石駅から徒歩8分ほど、明石港を望む住宅地に、昨年2月、倫子はポルトガル料理屋『BISTRO RINCO』をオープンした。店内に入ると、白と木目調の瀟洒な空間の広がりが、心をゆったりと落ち着かせる。
「なぜか亡くなってから、みんながいろいろ夫のことを話してくれるんですよね。生前いろいろな場所で遊んでいたらしいですから(笑)」
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カウンター越しの倫子が柔らかな笑みを見せる。破滅的な飲みっぷりも、女癖の悪さも、すべてを承知で盛田幸妃の妻になり、その生きざまを見届けた女性の芯の強さが、その微笑みから感じ取れた。
2015年10月16日、盛田幸妃は45年の生涯を終えた。どこまでも自由に、面白おかしく生きたことで、関わった人たちに強烈な記憶を刻みつけた。
20年間の結婚生活は波乱と喜怒哀楽に満ちていた。再発からの10年間の闘病生活は、筆舌に尽くしがたいほどの苦しみや葛藤があった。それでも妻の記憶に刻まれているのは、やはり、ニヒルに笑うあの盛田幸妃だった。
<全5回の5回目/記事全編は以下のリンクからお読みください>
#5
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