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「あいつ、男いるんじゃねえのかな」子どもじみた嫉妬も…45歳で逝った“破滅型の野球人”盛田幸妃はなぜそれでも愛されたのか? 妻に遺した最期の言葉
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松永多佳倫Takarin Matsunaga
photograph bySankei Shimbun
posted2026/05/30 11:24
評論家として横浜スタジアムを訪れた盛田幸妃(2012年)。腫瘍は再発、転移を繰り返していたが、暗い顔は見せなかった
「お葬式は北海道でやりました。最後は会話ができる状態じゃなくて、うんうんと頷くだけだったんですけど、お父さんが『鹿部、帰るか』って聞くと『うん』って言ったんです。だからお父さんが『連れて帰る』と。亡くなったあと、飛行機を手配して北海道に帰りました」
盛田は家族思いで、両親を心から愛していた。尊敬する父の話を聞くのが少年時代の楽しみだった。父にとっても、プロ野球選手として大成した幸妃は自慢の息子だった。生まれ育った故郷の北海道に連れて帰りたかったのも無理はない。
「俺が死んだ後に、いかにいい人だったか気づくんだ」
盛田との最後の会話について尋ねると、倫子は少し考えながら口を開いた。
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「亡くなる3日ぐらい前ですかね。やはり介護となるとお互いイライラすることも出てきて、ちょっとした口喧嘩をするときもあるじゃないですか。そうしたら『お前は俺が死んだ後に後悔する』って言い出したんです。『何が? 何がよ?』って返すと『お前は俺が死んだ後に、俺がいかにいい人だったか知ることになる』って(笑)。『そうなの? ちゃんと今でもいい人だと思ってますけど』って言ったんですけど、『いや、死んだら、いかに俺がいい人だったかみんな気づくんだ』って豪語してました。覚えているものだと、それが最後になるのかな」
はっきりと覚えている最後のやり取りが、言い争いとは……。それでも倫子は、「これもまた幸妃らしいな」と微笑ましく思っているようだった。たとえ涙を誘うような美談がなくとも、二人は言葉にしがたい、もっと大切なもので結ばれていた。
「亡くなってからは、よく夢に出てきますよ。私のなかには、足をマッサージしてあげたり、ベッドからの体の上げ下げをしたりといった介護の思い出が強いので、夢の中でもその場面が出てきて、『何やってんの、もう治ってるから』って言われます。あと一度、夢で『あれ? 死ななかったっけ?』って問いかけると『死んでねえよ、勝手に殺すな』と言われて。目が覚めて、しばらくぼーっとしていたことがありますね』

