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センバツで大阪桐蔭が4年ぶり優勝…「春夏不出場」から1年で“甲子園の盟主”は何が変わった? 選手が明かした覚醒のワケ「去年、甲子園に出た高校は…」
text by

田口元義Genki Taguchi
photograph byJIJI PRESS
posted2026/04/02 17:01
4年ぶりにセンバツを制した大阪桐蔭ナイン。昨年は春夏ともに甲子園に出場できなかったが、この1年でチームは何がかわったのだろうか?
大阪桐蔭にとって、甲子園に出る意義のひとつに伝統の継承がある。
1991年夏に初の全国制覇を遂げた大阪桐蔭は、平成以降の強豪である。故に西谷は「うちには歴史や伝統がない」と、勝ってもなお後ろめたさを拭い去れない時期があった。
「常勝」と呼ばれるようになった大阪桐蔭
そこから2008年夏、12年の春夏連覇と、甲子園で勝どきを上げるたびに中学で名を馳せた精鋭たちが集うようになる。やがて大阪桐蔭は「常勝」と呼ばれるようになった。
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「桑田(真澄)と清原(和博)を見て多くの中学生が来てくれたように、大阪桐蔭も同じような歴史ができたね」
PL学園を率いて6度の日本一を経験する昭和の名将、中村順司から称賛され、西谷に巣くっていた劣等感も取り除かれたという。
あの世代に憧れて――近年ならば根尾昂や藤原恭大らを擁し、2度目の春夏連覇を実現した18年に影響され大阪桐蔭の門を叩いた生徒は多い。そうやって野球部の歴史が紡がれていくからこそ、西谷は彼らに甲子園で勝つ喜びを与えたいと励むのである。
それだけに、6年ぶりに春夏連続で甲子園を逃した1年前の痛恨は、強烈な記憶として刻まれている。
では、そこからチームは何が変わったのだろうか?
優勝するための支えとなったもの――西谷は、それを「飢え」と表現した。
<次回へつづく>

