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「イチローさん、本当にカッコいいなって」大谷翔平が中学2年で“憧れた”WBCイチローの勇姿…花巻東高校を選んだワケ「(菊池)雄星さんを見て…」
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石田雄太Yuta Ishida
photograph byHideki Sugiyama
posted2026/03/17 06:33
WBCに2大会連続で出場した大谷翔平。日本代表への原点はイチローだったという
「花巻東の練習を見て、やっぱりいいなと思いました。チーム全体の雰囲気もよかったし、いい練習をしていました。甲子園に行くとか行かないとか、そういうことも大事なんですけど、いち選手としての技量を上げるために大事なことってたくさんあると思うんです。そのいち個人の、選手としての能力を伸ばす練習としても、すごくいいんじゃないかなと思いましたね」
岩手から日本一――花巻東の目標を一関シニアに重ねたのか、あるいは日本一を本気で狙う花巻東の空気を直に感じたかったのか。大谷はこんな話もしていた。
「雄星さんを見て、自分にもできるんじゃないかなと可能性を持てたことはすごくよかったと思います。雄星さんたちの代が日本一になっていたらどうだったかは、実際に日本一になったわけじゃないのでわからないんですけど、でもあの代が日本一になっていなかったことが僕のモチベーションになっていたというのはあったんじゃないかな。確かに、自分たちの手で日本一、という気持ちはありましたから……もし雄星さんがいなかったら本気でそう(岩手から日本一)思えたのかなというところもあるので、僕に可能性を感じさせてくれたという意味で僕も(後輩たちに)そう感じてもらえるよう頑張りたいなと思います」
「僕は狭い範囲で野球やっていたんだなと」
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2009年の全国選抜大会、一関シニアは初戦で世田谷西シニアに敗れた。先発の大谷は初回と2回にタイムリーを浴びて1点ずつを失ったものの、その後をゼロに抑える。しかし6回裏、先頭バッターを歩かせたところで交代、大谷はショートへ回った。代わった2番手ピッチャーが一挙に5点を失い、一関シニアは6回コールド負けを喫してしまう。
ただ、細身ながら長身の大谷は長い腕をしならせてキレのあるストレートを投げ込み、注目を集めた。ピッチャーゴロを捌くときの反応の速さ、盗塁を決めたときのスタートの良さ、バッターとしても鋭い当たりのレフト前ヒットを放つなど、のちに煌めく才能の片鱗を十分、窺わせていたのだ。それでも2009年、14歳の大谷が立っていた堺浜グラウンドとWBCが行われていたドジャースタジアムとの距離は、果てしなく遠かった。大谷はこうも言っていた。
「中学1年の夏にもリトルの全国大会へ出場したことがあったんですが、それこそ1回戦で負けましたし、そのときのピッチャーが僕よりもいい球を投げて、4番バッターが僕よりもいい打球を打っていた。しかも、その1回戦で負けた相手が次の試合であっさり負けて……そういう現実を見せられたら、僕は狭い範囲で野球やっていたんだなと思い知らされました」
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