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「イチローさん、本当にカッコいいなって」大谷翔平が中学2年で“憧れた”WBCイチローの勇姿…花巻東高校を選んだワケ「(菊池)雄星さんを見て…」
posted2026/03/17 06:33
WBCに2大会連続で出場した大谷翔平。日本代表への原点はイチローだったという
text by

石田雄太Yuta Ishida
photograph by
Hideki Sugiyama
発売中のNumber1139号に掲載の[世界一の原風景]大谷翔平「憧れ続けたWBC」より内容を一部抜粋してお届けします。
「イチローさん、本当にカッコいいなって」
大谷翔平、WBCの原風景――。
2009年3月24日、日本の午後2時39分、第2回WBCの決勝で日本が韓国に勝って連覇を成し遂げた。舞台はロサンゼルスのドジャースタジアム。世界一を決めたのは延長10回、イチローがセンター前に打ち返した勝ち越しの2点タイムリーだった。そのとき、大谷は岩手に住む中学2年生。彼はWBCをテレビで観ていた。
「僕、あの日は練習してて、いつもなら夕方の5時くらいまでやるんだけど、決勝があるから早く上がって観ようか、みたいな感じで……確か、家で観てたかな。イチローさんの決勝タイムリーはすごく印象に残っています。あのときのイチローさん、本当にカッコいいなって純粋に思ってました。僕は高校ジャパンに選んでもらってレベルの高い中でやっているうちに、プロでやりたい、メジャーでやりたい、WBCの日本代表でもやってみたいという気持ちが次々に出てきたんです。目標にしてきたというより、憧れていたところへいつの間にか近づいていた、という感じだと思います」
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その2009年、14歳の大谷は一関シニアのエースナンバーを背負っていた。当時の一関シニアは東北代表としてリトルシニア全国選抜大会への出場が決まっており、WBC決勝の4日後、3月28日に大阪の堺浜グラウンドで世田谷西シニアと戦うことになっていた。のちにこの大会で優勝することになる強豪チームとの初戦には、大谷の先発が予定されていた。
同じとき、岩手から花巻東高校が甲子園球場での春のセンバツに出場していた。こちらはWBCで日本が世界一になった翌3月25日、北海道の鵡川高校を5-0で破っている。花巻東のエースナンバーを背負っていたのは菊池雄星だった。彼はこの初戦で被安打2の完封勝ちを成し遂げている。奇しくも中学生の大谷と菊池を擁する花巻東が、ともに岩手から日本一を目指して同じ関西にいたのである。
大谷の一存で花巻東の練習を見に行くことに…
テレビでWBCの決勝を観て、岩手から大阪へ移動した大谷は自分たちの試合がなかった日、花巻東の練習を見に行っている。その日、甲子園では花巻東の試合もなく、チームの主将だった大谷は、花巻東の出ない甲子園の試合を観戦するか、あるいは花巻東の練習を見学に行くか、チームのみんなの意見をまとめておくよう監督から指示されていた。大谷が出した結論は甲子園観戦ではなく、花巻東の練習見学……他の選手は甲子園へ行きたがっていたのに、大谷の一存で花巻東の練習を見に行くことになったのだという。大谷はこう言った。

