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りくりゅう“2年前の大事件”「顔は真っ青、酸素マスクをつけて…」木原龍一が倒れた日、三浦璃来が気づいた「生きていてくれて、ありがとう」 

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野口美惠

野口美惠Yoshie Noguchi

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photograph byGetty Images

posted2026/02/28 06:02

りくりゅう“2年前の大事件”「顔は真っ青、酸素マスクをつけて…」木原龍一が倒れた日、三浦璃来が気づいた「生きていてくれて、ありがとう」<Number Web> photograph by Getty Images

2年前、りくりゅうに起きていた事件。「木原龍一が酸素マスクを…」

 最終的には喘息の吸入薬が効き、運動誘発性喘息の疑いとの診断に。木原は言う。

「今思えば、この1年違和感はありました。フリーの曲かけ練習後に手がしびれる症状があったので、酸素が回っていなかったのだと思います。復帰後の練習不足でスタミナが上がらないのだと思いこんでいました」

 2人が話をできたのは深夜になってから。

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「『生きていてくれて、ありがとう』という気持ちでした」(三浦)

 三浦は改めて、怒濤の1年を振り返る。

2人が乗り越えたもの

「今思えば、昨季は世界選手権で優勝はしたけれど、『なぜ失敗したのか』を追求して言い合い、ロスの時間も多かった。でも今回は『どうしたらより良くなるか』を話し合い、純粋に自分たちの持ち味を伸ばそうという気持ちになれました。この練習方法を続けていけば、来季はもっと良い結果が出るのではないか、と自信があります」

 木原もうなずいて続ける。

「北京五輪シーズンは、そのポジティブシンキングが出来ていたのに、いつのまにかズレて行ったのだと思います。怪我をしたことで、一番大切なことを思い出せた。次の五輪まで2年というタイミングで、初心にかえり、前向きに進んでいく自分たちの良さを取り戻せたと思います」

 怪我さえもプラスに受け止める。羨ましいほどポジティブな2人が、もう一度、力強く手を握りあった。

三浦璃来Riku Miura

2001年12月17日生、兵庫県出身。'15-'16シーズンにペアへ転向。'19年8月に木原とペアを結成。'19年全日本選手権で優勝。昨季は日本勢では史上初となる年間グランドスラムを達成。146cm。

 

木原龍一Ryuichi Kihara

1992年8月22日生、愛知県出身。'12-'13シーズンにペアへ転向。高橋成美とソチ五輪、須崎海羽と平昌五輪に出場。三浦とペアを組み、拠点をカナダに。今季は世界選手権銀メダル。174cm。

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木原龍一が発言「いろいろあった」その“本当の意味”…「骨に線が写っていた」木原の異変、ランチはゆで野菜…三浦璃来が支えた“2年前の挫折”

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