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フィギュアスケートPRESSBACK NUMBER
りくりゅう金に「こんな時代が来るなんて」34年前に五輪出場の日本人ペア“先駆者”が感涙「大会出場は1組」「中国代表と間違えられ」黎明期のリアル
posted2026/02/18 11:01
日本史上初の金メダルを獲得し最高の笑顔で写真におさまる「りくりゅう」ペア
text by

佐藤春佳Haruka Sato
photograph by
Asami Enomoto/JMPA
ミラノ・コルティナ五輪フィギュアスケートで、ペアの三浦璃来、木原龍一組が歴史を塗り替えた。フリープログラムで世界歴代最高点を叩き出し、大逆転で日本史上初の金メダルを獲得した。ペア種目の黎明期を支えたスケーターはいま、何を思うのか――。1992年アルベールビル五輪(フランス)に出場した小山朋昭さんに、当時のエピソードと「りくりゅう」への特別な思いを聞いた。〈全2回の前編/後編を読む〉
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「自分が生きているうちに、こんな瞬間を目の当たりにできるなんて……。本当に嬉しいし、誇らしい気持ちになります」
感慨深げに頷くのは、千葉市にある「アクアリンクちば」で指導者を務める小山朋昭さん(54歳)だ。今から34年前の1992年、アルベールビル五輪に井上怜奈選手とペアを組んで出場した。当時、日本勢のペア出場は実に20年ぶりで、自国開催以外では初めての五輪出場という晴れ舞台だった。
「成り行きで出てしまったような感じ」
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「こんなことを語るのもおこがましいというか、本当に申し訳ないんですけど……。何としてでも五輪に出るとか感動的なものは全くなくて、正直、成り行きで出てしまったような感じだったんですよ」
小山さんは笑顔で振り返る。成り行き、というその言葉は大袈裟だとしても、当時の五輪出場に至る道のりには、今では想像もできないような舞台裏があった。
小学4年生からフィギュアスケートを始めた小山さんは、ジュニア時代から男子シングルの有望選手として活躍していた。ミラノ・コルティナ五輪に出場中の鍵山優真選手の父である鍵山正和さんは同い年のライバルで、よく海外遠征を共にしていた。
全日本ジュニアで優勝した後の中学3年生の頃、当時まだ小学生だった井上さんと初めてペアを組んだ。といってもペア競技を目指したわけではなく、あくまでシングルの練習の一環だったという。

