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フィギュアスケートPRESSBACK NUMBER
「いざという時、いつでも女性の“下敷き”に」大逆転を可能にした木原龍一の包容力…日本人ペアの先駆者が語る「りくりゅう世界最高の輝き」
text by

佐藤春佳Haruka Sato
photograph byGetty Images
posted2026/02/18 11:02
1992年アルベール五輪に出場した井上・小山ペア
ペア種目の五輪出場は20年ぶりで、自国開催以外では初めて。この時、小山さんは20歳、井上さんは当時の日本選手団最年少の15歳5カ月という若さだった。身長は男性が165cm、女性が145cmと小柄なカップルだったが、いずれもシングルで代表入りを狙えるレベルのスケーティング技術を活かすプログラムが練られた。
「二人とも小さかったけれど、スケーティングとか全ての動作を素早く行えば、欧米の大きい選手の中でも目に留まるだろうという戦略だったようです。オリジナルプログラム(現ショートプログラム)のサイドバイサイドジャンプで当時は最高難易度だったダブルアクセルを入れたりして、シングルとしての基礎を生かせたと思います」
15歳井上怜奈との“独特な関係性”
中学生だった井上さんとのカップルは、独特の空気感だったという。
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「彼女はきついですから(笑)。自分はスピンがすごく下手だったので、よく怒られました。『わたし、そんなに遅く回れないから!』って言われたりしてね。あと、自分は電車に乗ると必ず寝てしまうので、目的地に着く前に揺さぶって起こしてくれましたね。頼りない年上だと思われていたかもしれません」
怖いもの知らずの15歳を、大らかに受け止める20歳。そんな微笑ましい絵も浮かんでくる。
オリジナルプログラム、フリープログラムとも高難度のジャンプをミスなく跳び、スピード感溢れるプログラムを披露した二人の演技には大歓声が送られた。4点台にとどまった得点に対して、観客席からは不満を示すブーイングが飛んだほど。14位は、当時の日本ペア史上最高の結果だった。
「フリーの演技は俯くポーズから始まる。そこで下を向いたら銀盤に描かれているオリンピックのマークが目に入ってきて、急に緊張したのを覚えています。自分たちは本当にオリンピックに出ているんだと実感して……。順位については、嬉しいも悔しいもなくて順当だと思っていました。ミスなく終えて怪我もなかったし、無事に終わってよかった、とただ安心しました」

