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「自由奔放だった」“りくりゅう”木原龍一のシングル時代秘話…成長痛、ジャンプに悩み「しばらく休みます、と音信不通状態に」金メダルまでの紆余曲折 

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石井宏美

石井宏美Hiromi Ishii

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photograph byAsami Enomoto / JMPA

posted2026/02/17 17:03

「自由奔放だった」“りくりゅう”木原龍一のシングル時代秘話…成長痛、ジャンプに悩み「しばらく休みます、と音信不通状態に」金メダルまでの紆余曲折<Number Web> photograph by Asami Enomoto / JMPA

感動的な演技を見せた「りくりゅう」ペア

 大の中日ドラゴンズファンで、通っていたスポーツクラブに野球部を作ったこともあるほどの野球好き。

「遊びもスケートも何もかも、とにかくやり始めたら熱中するタイプでした」

「木原くんはうちの息子の3倍滑っています」

 成長痛の影響とはいえ、練習が出来ないことに歯がゆさもあったのでは? そう成瀬さんに尋ねると、「野球がやれて楽しいとか、友達と遊べて楽しいって思っていたんじゃないかな。ものごとをネガティブには捉えないタイプだった」と明かす。

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 だがひとたびリンクにあがれば、そこで見せる集中力には目を見張るものがあった。

「1時間半、ほぼ止まらず動き続けるんです。競技前の6分間練習がずっと続くような感じで、ジャンプしたりスピンしたりステップをしたり。ひたすらそれを繰り返す。その姿を見た他の選手の親御さんからは『木原くんはうちの息子の3倍は滑っています』と驚かれるほどで。止まると死んでしまう回遊魚タイプ。それぐらい常に動いていました。すごく負けず嫌いなので、できないことをそのままにしておきたくない性分。悔しいから走り続けるという感じだったんだと思います」

 成瀬さんには忘れられない木原の姿がある。

 高校時代に出場したエストニアでのGPシリーズでの出来事だ。シングルで出場していた木原はフリーの演技で失敗し、4位と表彰台を逃した。その演技に納得できず『ヘタレだ』とふがいない自分を責めたことがあった。

「ヘタレ記念に」歳月を共にした“相棒”

「人ってどんなに悔しいと思っていてもそれを忘れがちですよね。私はその悔しい気持ちを形にした方がいいと思ったんです。その気持ちをずっと忘れないようにという意味をこめて、スーツケースを贈りました。それが身近にあって目に入れば、いつでも悔しさを思い出せるからと思ったんです」

「ヘタレ記念に」と成瀬さんがプレゼントした青いスーツケース。木原は10年以上の月日をともにした。

【次ページ】 「彼にとっては“お守り”だったのかも」

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