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「子どもが産めなくなる」と蔑まれた過去も…スキージャンプ女子を花形種目にした、高梨沙羅29歳と伊藤有希31歳の“本当の功績”「ジャンプで感謝を示したい」 

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松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

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photograph byTsutomu Kishimoto/JMPA

posted2026/02/17 11:00

「子どもが産めなくなる」と蔑まれた過去も…スキージャンプ女子を花形種目にした、高梨沙羅29歳と伊藤有希31歳の“本当の功績”「ジャンプで感謝を示したい」<Number Web> photograph by Tsutomu Kishimoto/JMPA

ミラノ・コルティナ五輪女子NHで銅メダルを獲得した丸山希を称える高梨沙羅と伊藤有希

「子どもが産めなくなる」と言われていた競技

 伊藤は小学6年生だった2007年3月、国際大会に出場し3位、史上最年少で表彰台に上がり、脚光を浴びた。そのすぐあと、北海道下川町を訪ねた。

「こんなに遠くまで、寒いのにありがとうございます」

 丁寧な出迎えの挨拶から始まった取材の中で、伊藤は「世界一になりたい」と抱負を語った。それとともに、「先輩たちが道を作ってくれたおかげで自分も飛べるので、そのためにもいいジャンプを飛びたいです」と話した。

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 女子ジャンプはもともと競技として実施されておらず、練習を重ねた末に飛びたいという女子ジャンパーがいても「危険」「子どもが産めなくなる」などと拒まれる時代があった。それを突破してきた先輩がいて、大会も行われるようになった経緯を小学6年生の伊藤は理解していた。だからジャンプは自分のためだけではなかった。

 中学2年生のときには最年少で世界選手権代表に選ばれるなど第一線で活躍する伊藤は、「応援してくれる方々、支えてくれる方々にいいジャンプで返したいです」とことあるごとに話し、20歳になる前には「若い選手の力になりたいです」としばしば話すようになっていた。下の世代に台頭する選手たちがいて、自分が先輩たちにお世話になったから、それを返したいと思っていた。

小学6年生の高梨沙羅に、伊藤有希が寄り添っていた

 台頭する若手の筆頭は高梨だった。

 高梨も将来を嘱望される存在で、強化選手ではなかったが小学6年生のときに日本代表合宿に参加するほどだった。その合宿中、高梨と同じ食事のテーブルについて緊張をほぐすように笑顔で会話し、ジャンプ台と宿舎の行き来でも困ることがないように、寄り添う伊藤の姿があった。

 その高梨も、高校1年生になる頃には、自らの原動力をこう話している。

【次ページ】 ジャンプへの愛と感謝が、2人の共通項だった

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