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平野歩夢「あの不可解採点」からの“怒りのラン”が切り開いたミラノ五輪の“新時代”…北京でホワイトが託したもの「これからはアユムが」
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矢内由美子Yumiko Yanai
photograph byKaoru Watanabe/JMPA
posted2026/02/25 17:00
北京五輪「あの2本目の不可解採点」から平野が決めたランがミラノ五輪の超ハイレベルな戦いを切り開いた。北京の快挙をプレイバックする
15歳で出たソチ五輪と19歳で出た平昌五輪で2大会連続銀メダルの平野が見つめていたのは金メダルのみ。北京五輪で夢を成就させるためには「トリプルコーク1440」が必要だと覚悟を決めた平野は、Xゲームの後に米国に残り、コロラド州カッパーマウンテンで8日間練習を繰り返した。使用したのは北京五輪よりも小さなサイズのパイプ。そこで完璧に仕上げたことで、五輪本番では余裕の出来映えとなった。
「トリプルコークはW杯や米国の大会でも出してきたけど、なかなかうまく決まらず、毎回悔しい気持ちが自分の中にあった。中国に入る前に米国で猛特訓して完成させたような流れになります」と平野は説明した。
スケボー+スノボという武器
それにしても平昌五輪の後、足が固定されていない板に乗ってコンクリートの上を滑るスケートボードに挑戦し、軸足をスケートボードに移していた状態から、わずか半年で金メダルに輝くとは想像もつかない偉業だ。
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村上コーチは「普通に考えたら無理だと思う」と言い、驚嘆しながらこう続ける。
「昨夏に東京五輪が終わってからの半年で、(戸塚)優斗や(平野)流佳の域に達するのだろうかと(不安に)思っていた。正直言うと、平昌五輪の域まで持って行けるのかどうかというところだった。でも、10、11月の合宿では誰よりも練習量が多く、質も高く、そこでトリプルコークもできた。歩夢にしかできないことだった」
誰も想像できない離れ業を可能にしたのは何か。大きな要因として平野自身が挙げたのはスケートボードでの五輪挑戦だ。
「小さい頃からスケートボードもやっていて、バーチカル(半円状のセクション)でのトレーニングや踏み込みも研究してこだわってやってきた。それがスノーボードにも生きているのかなと思っている。自分のエアの高さは、スケートボードとスノーボードが合わさった自分の武器なのかなと思う」
スケートボードで五輪を目指したことによって培われた足の感覚がスノーボードに生きた。村上コーチは「4年前と比べても滑りの安定感が増して、高さも増している」と評価する。

