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「宇田川会」主役のいま…右肘手術→育成契約「野球を見るのが辛かった時期も」前回WBC代表・宇田川優希が語る「今も続く恩人・ダルビッシュ有との絆」
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米虫紀子Noriko Yonemushi
photograph byKYODO
posted2026/02/16 11:01
前回大会の宮崎合宿では「宇田川会」が開催されるなど投手陣の輪の中心にこの笑顔があった
「気持ちが整理できなくて…しんどかった」
「しんどい時期があった分、今はなんか、すごく楽しいです。野球ができるようになったので」
リハビリは順調だったとはいえ、苦しい時間は長かった。
1年前の宮崎キャンプでは、こちらが声をかけるのもためらうほど沈んだ表情でいた。
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「あの時は肩も肘もダブルで痛くて、キャンプの途中でもう投げられなくなって。周りはみんな、これからのシーズンに向けてどんどん投げているのに、僕だけ何もできない。今だから言えるんですけど、あまり練習に出たくなかった自分がいたんです。
病院でトミー・ジョンって言われた時も、どうしたらいいのかなって。その前の年(2024年)も全然ダメだったので、『今年はもう一回一軍で活躍したい』という気持ちでオフシーズンやってきたのに。『あ、今年も投げられないのか』となった時に、なかなか気持ちが整理できなくて、しんどかったですね」
手術後は野球だけでなく日常生活での負担も大きく、気が滅入った。
「何をしてもストレスっていうか。ピッチャーなのに投げられなくなって、しかも生活面も、(右)手が使えない時は気持ち的にしんどかったです。肘が固定されていたので、右手では食べられないから左で頑張って食べたり、お風呂でも左手で頑張って洗うんですけど、届かないし。ご飯を作る時も、片手だと一個一個こうやって置いて、運んで、と何をやるにも時間がかかって、本当に生活しにくかったです。
こっち(舞洲)に来ても、4カ月はキャッチボールができないし、トレーニングも満足にできない。だんだんできるトレーニングが増えてくると、試合で投げたいという気持ちが出てくるんですけど、たまに(同学年の山崎)颯一郎が投げている試合とか、ちらっと見ると複雑な気持ちになった。野球を見るのがちょっと辛かった時期もありました」
ダルビッシュから届いたLINE
そんな時に励みになったのが、3年前の恩人、ダルビッシュからのLINEだった。
「どう?」
「記事見たよ」
海の向こうから送られてくる気遣いに何度救われたかわからない。


