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ミラノ五輪ウラ話…「縫製はずぶの素人だった」28歳元ジャンプ選手がなぜ敏腕スーツ職人に?「年間200着を担う」メダルラッシュの立役者の正体
text by

雨宮圭吾Keigo Amemiya
photograph byKiichi Matsumoto
posted2026/02/13 17:00
スキージャンプ日本代表のスーツづくりに携わる尾形優也。現在30歳になった“元ジャンパー”はどんな経緯で現在の仕事に出会ったのだろうか
尾形自身、元々はジャンプ選手だった。実家は札幌で、宮の森ジャンプ台の近く。小学校は大倉山小学校に通った。しかし、そんな環境にあってもジャンプがとても身近だったわけではないという。
「ジャンプをやっている子って学年には1人もいなかったし、学校全体でも2、3人しかいないぐらいなんですよ。でも周りが野球とかサッカーとかをしている中で、なぜか『俺はもっと人と違うことがしたい!』と思ったんです」
小学4年生から始めたジャンプだったが、競技者としては「全然大したことはなかった」。ジャンプでも、中学から始めたコンバインド(複合)でも、周りには強い選手がたくさんいた。競技そのものは楽しめても、やはりそれなりに成績が出ないことには面白くない。
「本気でジャンプを突き詰めたら…」大学での躍進
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高校までで区切りをつけようかと思っていたものの、「あと4年間だけ本気でジャンプを突き詰めたらどこまでいけるだろう」と思い直し、東海大でジャンプを続けることにした。すると、1年生のインカレで2位。風の影響も大きく、1本で打ち切られた試合ではあったが、それが大きな自信に繋がった。
「ちゃんと覚悟を決めたら、どういう形であれ結果がついてきた。そのことがおもしろいなと思ったんです」
大学3年の時、北海道の名寄で行われた全日本コンバインドで5位。社会人が上位を占める中、尾形は学生最上位に入った。
「すごく調子がよくて、もっと頑張ったら社会人でも競技を続けられるかもしれない――」
ところがそんなことを考え始めた矢先、アクシデントが起こった。
<次回へつづく>

