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バレーボールPRESSBACK NUMBER
「カードを切るのは自分だ」27歳宮部藍梨の“挑戦哲学”「周りの目を気にする時もあったけど…」価値観をつくった両親の教えとは?〈女子バレー界の開拓者〉
text by

米虫紀子Noriko Yonemushi
photograph byNaoki Morita/AFLO SPORT
posted2026/01/23 17:05
新しい挑戦に着手した宮部藍梨(ヴィクトリーナ姫路)
宮部は金蘭会高校1年時に高校三冠に貢献し、高校2年で日本代表にデビュー。高校を卒業する時にはVリーグ(現SVリーグ)チームによる争奪戦が繰り広げられるのだろうと誰もが想像していた。
ところが、宮部が選択したのは大学、しかもアメリカの大学への進学だった。
「自分からバレーを取ったら何もない、という状態になるのは理想的じゃないなと思ったし、自分が経験したことのない環境に行きたかった」と、以前その道を選んだ理由を語っていた。改めて今、当時の選択をこう振り返る。
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「『留学したいなら別にあとから行けばいいじゃん』という考えもあると思います。もちろん、バレー選手を辞めてからでも大学に行ける。でも現役で行けるのはその時しかなかったし、留学したいという、その時の新鮮な感情でできるのってその瞬間しかないと思うんです。
『行かないほうがいいんじゃない?』と言われて諦めたり、『こうしたほうがいいんじゃない?』と言われて、人が用意した道に『わかりました』と進むと、一番苦しい状況にぶち当たった時に、自分で決めた選択肢じゃないから、絶対に頑張りきれないと思う。
チャレンジしなくて後悔するよりは、たとえやってみてできなくても、できなかったという結果を得られたほうが自分の成長につながるし、もちろんできるように一生懸命頑張る過程にも意味があると思う。自分のその時の新鮮な気持ちを大切に、トライできることにはしていったほうがいいんじゃないかなと。時間は限られていますから」
アメリカでは、寝る間を惜しんで勉強しながらバレーにも励んだ。2年制のサウスアイダホ大を卒業する際には、自分のプレー映像を作って売り込み、強豪のミネソタ大に編入するなど、たくましく道を切り拓いた。
「決めるのはあなた」両親の教え
はたから見れば大胆な決断を、高校生の頃からできたのはなぜなのか。
「周りの目を気にしたりもすごくしていましたよ。でも幸運なことに、家族であったり、一番自分に近い人たちが私の気持ちを尊重してくれて、『やってみたらいいじゃん。ダメだったとしても、いくらでもやり直せるから』と言ってくれた。そういう人たちが多かったわけではなく、少なかったけど、近くにいて背中を押してくれたので、その人たちを信じて、自分を信じてやってみようと思えました」
中でも両親の存在が大きいという。
「両親は“バレーボール熱血”という感じではないので(笑)。私のやりたいことを尊重してくれます。『バレーも、辞めたければ辞めたらいいと思うし、でも辞めるという選択をするのはあなただからね』というふうに、最後の選択は絶対私にさせるという感じだったので、決断することの大切さというか、『カードを切っていくのは自分だ』という価値観は、その中で形成されたかなと思います」


