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箱根駅伝PRESSBACK NUMBER
「1年奴隷、2年平民、3年天皇、4年神様だ!」“不適切”すぎる1996年の箱根駅伝出走体験記「史上初の2校棄権」「“箱根ギャル”がスターを追っかけ」
text by

酒井政人Masato Sakai
photograph byKoji Asakura
posted2026/01/17 11:01
今から30年前、第72回箱根駅伝に東農大の10区走者として出場した筆者・酒井政人の雄姿!
今も当時も、読売新聞社前のゴールは同じだが、現在と“向き”は逆になる。当時は日比谷通りを右折してゴールだった。10区は第75回大会(99年)から、馬場先門を右折、日本橋を経て、一直線にゴールを目指すかたちになった。そのため距離も1.7km延びている。
第72回大会の優勝タイムは11時間4分15秒。その後延長した約1.7km分のタイムをプラスすると、今大会で最下位だった立大(11時間5分58秒)からも大きく離される計算だ。シューズの進化もあり、箱根駅伝は凄まじく高速化が進んでいる。
現在の名監督、スターが現役で走っていた
優勝したのは中大で、32年ぶりの歓喜だった。昨年12月の全国高校駅伝で初優勝に輝いた学法石川高・松田和宏監督(当時3年)が2区を務めて、現在の創価大・榎木和貴監督(当時3年)が4区で区間賞を獲得している。
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そして当時の4年生には早大・渡辺康幸(現・住友電工監督)という超スーパースターがいた。「箱根ギャル」と呼ばれる追っかけがいたほど大人気だった。
現在の駒大・藤田敦史監督と東洋大・酒井俊幸監督は、筆者と同学年になる。藤田監督は1区を2位と好走。酒井監督は3区で区間11位だった。今では大御所といえる駒大・大八木弘明総監督は、当時コーチ就任1年目でまだまだ存在感は薄かった。



