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原晋監督も「今年はつなぐ5区ですから」と…箱根駅伝“山の王者”青学大に「神がいなかった年」はどうなった? 窮地を救った"ある無名のランナー"秘話
posted2026/01/09 11:00
箱根駅伝5区で異次元の走りを披露した「シン・山の神」青学大の黒田朝日。例年、強力なクライマーを誇る同大だが“神”がいない年はどうだったのだろうか?
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NumberWeb編集部Sports Graphic Number Web
photograph by
Nanae Suzuki
「あぁ、これは俺が山を走るんじゃなぁ――」
2016年11月、箱根駅伝まで2カ月を切ったころ、青学大3年の貞永隆佑はそう確信していた。この年、初の学生駅伝三冠を狙う青学大にとって最大の課題は、卒業した"三代目・山の神"神野大地の不在だった。
箱根の命運を左右する「山上り」を誰が担うのか。何の因果かその重責は、まだ大学駅伝で出走経験がなかった無名の貞永のもとへと回ってくることになったのだ。
高校駅伝の名門校出身…5区を託された事情は?
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「初の大学駅伝で、しかも重要な区間ということもあって、怖さはありました。でも、もちろんやっとチャンスが来たという想いも同じくらいありました」
貞永は、そう当時を振り返る。
高校駅伝の名門である広島・世羅高校出身。全国高校駅伝の全国制覇メンバーでもあった貞永は、箱根駅伝に関しても大学入学時には「頑張ったら走れるかな」と思っていたという。
しかし、現実は厳しかった。「もう最初は走る量に圧倒されてしまって」。さらに1年目の夏には初めての疲労骨折。その後も同じ箇所を4度も骨折するなど、故障に苦しめられた。
「箱根、走れるんかな。いや、走れないだろうな」
そんな絶望感を抱いていた貞永に転機が訪れたのは、2年時の夏合宿だった。上り坂のタイムトライアルで好走し、「自分も意外と上りを走れるんだな」と気づいたのだ。
3年生になると段々と故障も癒え、関東インカレのハーフマラソン代表に選ばれるなど徐々に監督の信頼を得はじめた。その一方で「普段の練習から平地では絶対に敵わない相手にも、上りだと勝てるんです」と、上りへの自信も深めていた。
そんな中で、箱根本番を2カ月後に控えた11月に、同じく上りの5区の有力候補だった先輩ランナーが故障。原監督も「今年はつなぐ5区ですから」とメディアに語り、選手へのプレッシャー軽減を図る中で、貞永の出場が決まった。
こうして2017年1月2日、貞永は最初で最後となる「天下の険」へと挑むことになった。
だがその道中は、貞永が思い描いていた理想像とはかけ離れたものになっていく。果たして「神がいない」箱根山中で、一体何が起こったのか――その秘話は、本編で詳しく描かれている。
<つづく>
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この文章の本編は、以下のリンクからお読みいただけます。
