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吉田響22人抜き、太田蒼生は区間新記録…「箱根駅伝→プロランナー」たちは駅伝界の勢力図を変えられる? ニューイヤー駅伝で別れた“新旧実業団の明暗”
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和田悟志Satoshi Wada
photograph bySatoshi Wada
posted2026/01/02 17:33
ニューイヤー駅伝のエース区間である2区で22人抜きを見せたサンベルクスの吉田響。箱根駅伝発のプロランナーたちが実業団の勢力図を書き換える?
一方の太田もまた、青山学院大時代は誰もが認める“駅伝男”だった。箱根駅伝では、3区で日本人で唯一60分切りの記録を持ち、4区でも日本人最高記録を打ち立てた。
そして、今回のニューイヤー駅伝でも圧巻の走りを見せた。5区を担当した太田は、先頭でタスキを受けると、従来の区間記録を36秒も更新し区間賞に輝いた。
太田は、駅伝前の10月1日からはチームに合流したものの、それまではコーチをつけずに一人で競技者生活を送ってきた。
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「やっぱり練習をやる上で難しいことが多かったです。強度の高い練習を一人でこなし切るのは、どうしても課題でした。逆に、自分は何が得意で何が苦手かが分かったのは、ある意味収穫だったなと思っています。2025年はたくさん失敗をしてきましたけど、(ロサンゼルス)オリンピックに向けては良い収穫になったんじゃないかなと思っています」
太田もまたこの1年は苦労の連続だった。だが、それさえも前向きに捉えている。もっとも、こんなポジティブシンキングの持ち主だからこそ、プロランナーとして進むことを決断できたのだろう。
「一人でやっていくイメージしかなかった」太田
「一人って難しいと思う人が多いと思うんです。でも、僕には一人でやっていくイメージしかなかった。〈どこでやる〉〈誰とやる〉とか〈何をやる〉といったことよりも、〈どのように考えて、何のためにやるか〉が大事だと思う。一人という環境だったら、自分が考えたことをそのまま練習に反映できるので、そこはメリットだと思っています」
大学卒業前にもこのように話していたことがあった。自分が進む道に困難がつきまとうことは、太田には覚悟の上だったのだ。
今季の太田は、7月のゴールドコーストマラソンでは2時間8分31秒(2位)と、まずまずのタイムで走ったが、9月のベルリンマラソンは2時間14分02秒と不本意な走りになった。さらに、ベルリンの疲労もあって11月の東日本実業団駅伝は3区9位と振るわず、順位も1位から3位に落とした。

