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青学大「神去りし後の山」に挑んだある“無名のランナー”の追憶…箱根駅伝の絶対王者“史上初の3連覇”はなぜ達成できた?「不安はなかったです。でも…」 

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別府響

別府響Hibiki Beppu

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posted2026/01/06 11:00

青学大「神去りし後の山」に挑んだある“無名のランナー”の追憶…箱根駅伝の絶対王者“史上初の3連覇”はなぜ達成できた?「不安はなかったです。でも…」<Number Web> photograph by BUNGEISHUNJU

“3代目・山の神”神野大地が卒業し、箱根駅伝3連覇&駅伝3冠に向けての「鬼門」だった山上りへと挑んだ貞永隆佑。果たしてその経緯はどんなものだったのか

 そもそも貞永は、高校駅伝の名門である広島の世羅高校の出身である。指揮官である原監督の後輩にも当たる。

 高校1年時から全国高校駅伝で全国制覇のメンバーに名を連ねると、3年時にはエース区間の1区を走って区間10位の好走。3年時にはトラックでも5000mで激戦の中国地区を勝ち抜き、インターハイに出場している。名実ともに高校トップ級のランナーのひとりであることは間違いなかった。

「大学ではやっぱり箱根駅伝を走りたくて。逆に言えば、言い方は悪いですけど箱根を走れるところならどこでもよかった。そういう中で高校の監督に青学大を薦めてもらって」

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 当時の青学大は原晋監督が就任して10年目。箱根路でもシード権獲得の常連校となり、徐々に存在感を見せはじめていた頃だった。その一方でまだ優勝経験はなく、貞永の中のイメージとしては「優勝候補ではないけれど、強豪チーム」というところだった。

「すでにシード権獲得の常連校にはなっていましたから、『箱根のメンバーに入るのは大変かなぁ』という率直な思いはありました。でも、一緒に入学するという話を聞いていた中村(祐紀、住友電工→引退)や下田(裕太、GMO→青学大コーチ)とは実力的にも同じくらいだったので、『頑張ったら走れるかな』くらいの気持ちでした」

「こんなに走るのか」…青学大入学で直面した“壁”

 ところが、そんな気持ちを胸に実際に2014年の春に入学してみると、貞永が直面したのは先輩ランナーたちの予想以上のレベルの高さだった。

「もう最初は走る量に圧倒されてしまって。世羅高校って高校駅伝では強豪と言われることが多いですが、実は練習量自体はそんなに多くないんです。それもあって、『こんなに走るのか』と面食らってしまって」

 しかもその頃の青学大の上級生には神野に加えて小椋裕介(ヤクルト)、一色恭志(GMO→NTT西日本)、藤川拓也(中国電力)ら、後に実業団でも結果を残すような面々が名を連ね、箱根駅伝での初優勝を虎視眈々と狙っていた。当然、各々の練習へのモチベーションも高く、競争も激しかった。

【次ページ】 箱根、走れないだろうな…1年目で抱いた絶望

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