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青学大「神去りし後の山」に挑んだある“無名のランナー”の追憶…箱根駅伝の絶対王者“史上初の3連覇”はなぜ達成できた?「不安はなかったです。でも…」
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別府響Hibiki Beppu
photograph byBUNGEISHUNJU
posted2026/01/06 11:00
“3代目・山の神”神野大地が卒業し、箱根駅伝3連覇&駅伝3冠に向けての「鬼門」だった山上りへと挑んだ貞永隆佑。果たしてその経緯はどんなものだったのか
だが、その神野が卒業してしまった。周囲にとっても、自分たち選手にとってすらも、この年の最大の課題は「神野が抜けた後の山をどうするか」ということだった。
2017年からは5区の距離が3キロ近く短くなり、2005年以前とほぼ同じ距離に戻るという変更が予定されていたとはいえ、今も昔も「山を制する者が箱根を制する」状況は変わっていなかった。
一方で、ここにきてその「神去りし後の山上り」担当に収まる可能性が高くなった貞永はと言えば、3年目にしてまだ学生3大駅伝での出走経験すらない“無印”の選手だった。
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「その辺は原(晋)監督も最初からすごく気を使っていたと思います。駅伝シーズン前から箱根の話題になれば『今年はつなぐ5区ですから』とメディアでも発信してくれて、候補選手にプレッシャーがかからないようにしてくれていたように記憶しています」
区間記録を一気に更新するような、上り適性と走力を併せ持ったランナーは青学大といえどそうそう誕生するものでもない。ビッグマウスの印象がある原監督だが、そのあたりの選手の心の機微を捉えるのは実に上手い。この年は台所事情を勘案して、選手のモチベーションを上げることよりも、無用の重圧を減らすことを選んだのだろう。
「区間5位前後ではいける」…ひそかな自信も
ただ、貞永自身にはひそかな自信もあった。
まだ今ほど「青学メソッド」が確立されていなかったとはいえ、当時から青学大の夏合宿で行われていた上り坂でのタイムトライアルや日ごろの練習メニューの記録を見れば、大まかではあるが5区のタイムも想定はできる。それを考慮すれば「区間5位前後ではいけるだろうという確信はありました」。

