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「口ベタで、失敗続きだった」青学大・原晋監督の“知られざるサラリーマン時代”…なぜ「伝説の営業マン」になれた? 箱根駅伝の常勝軍団を作った“会話術”
text by

原晋Susumu Hara
photograph byAFLO
posted2026/01/04 06:01
青学大・原晋監督の“知られざるサラリーマン時代”とは?
営業所の仕事は主に、電気メーターの検針や顧客からの集金です。営業のイロハも知らなかったために失敗続きで、やがて下部組織であるサービスセンターへの異動を命じられます。そこでは契約を取ってくる営業マンの仕事を託されたのですが、やはり経験不足からなかなかうまく言葉が出てきませんでした。
なぜ「伝説の営業マン」になれたのか?
ただ、そうやって手をこまねいていては、いつになっても商品は売れません。営業では売り込み先の相手と面と向かって話すのが不可欠です。うまく話せなければ、そのうち会社をクビになることでしょう。
当時は生活していくのに必死でした。会社に評価してもらうために、飛び込み営業も頑張って数をこなしました。すると、がむしゃらにやっているうちに、徐々に会話がうまくなってきたのです。
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今振り返ると、すべては慣れの問題だったように思います。
契約が取れるようになると、自分にも自信が持てるようになり、いつしか営業の仕事が楽しくなっていきました。やがてトップクラスの営業成績を挙げられるようになり、調子に乗った私は、次に新しい商品を売る提案型営業の社内公募に手を挙げます。
社内の面接に見事合格し、「エコアイス」(省エネ空調機器)を売る営業マンになると、ついに営業の才能が開花します。エコアイスを誰よりも多く売り上げ、社内表彰を受けて「伝説の営業マン」と呼ばれるまでになったのです。
「暗いよりは断然、チャラいほうがいい」
最後は自慢話になりましたが、こうした実体験から、経験さえ積めば話すのは誰でもうまくなることがわかっているのです。
大事なのは、話すのを怖がらないこと。とにかく、明るい口調で話しかけてみることです。「あなたのことを知りたい」と言って、嫌がる人はほとんどいないのですから。
青学大の学生はよくチャラいと言われますが、寡黙で暗いよりは断然、そちらのほうがいいに決まっている。私はそう思います。〈つづく〉
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