- #1
- #2
ボクシング拳坤一擲BACK NUMBER
ボクシングの悲劇“死亡事故”はなぜ起きるのか?「致死率50%」急性硬膜下血腫を専門医が解説「急激な脱水…脳にリスク」「“2回目の頭部外傷”が危険」
text by

渋谷淳Jun Shibuya
photograph byGetty Images
posted2025/10/19 17:00
日本のボクシング界で相次ぐリング事故。スポーツにおける頭部外傷に詳しい脳神経外科医に要因を聞いた
減量との因果関係は?「エビデンスはありませんが…」
では、こうした事態をどうやって防ぐのか。野地医師は「原因を究明するのは難しい」と前置きしつつ、いくつかの考えを提示した。
「減量というのは一つのポイントではないかと思います。急激な“水抜き”によって損傷が起こりやすくなっている可能性がある。明確なエビデンスはありませんが、過度な脱水をすると脳が収縮するという報告もあります。脳が収縮すれば頭蓋骨との隙間が大きくなり、その分ズレも大きくなって架橋静脈がより切れやすくなる。そういった報告もありました。リカバリーも問題です。脱水している状態から1日で4、5キロ戻したとして、それが本当に回復したと言えるのか疑問です。極端な話、減量は一切しないほうが体にはいい。そうすれば事故も起きにくくなると推測します」
もう一つは直前のトレーニングで負ったダメージが試合に影響を及ぼすのではないか、という考え方だ。
ADVERTISEMENT
「いわゆるセカンド・インパクト・シンドロームと呼ばれるものがあります。脳振盪や軽度の頭部外傷を受けて、数日から数週間後に受けた2回目の頭部外傷が致命傷になる。実際に柔道やラグビーではそういった事例が多く報告されています。ボクシングでも試合前のスパーリングで脳にダメージを受けていたらやっぱり良くない。あるいは今回の事故は真夏に起きましたから、場合によっては暑い環境による脱水なども影響するかもしれない。そうしたところも改善の対象になるのではないかと思います」
野地医師によると、他のコンタクトスポーツで脳振盪が起きた場合、「段階的復帰」というプロセスが奨励されている。脳振盪を起こしたらまずは練習をしない。脳を休ませる。症状がなくなるのを待って、有酸素運動から徐々にトレーニングを再開する。他競技ではこうした取り組みが行われているのだ。
「脳振盪を起こしたスポーツ選手は基本、練習してはいけないんです。ただ、ボクシングの場合、ダウンしてもすぐに練習どころかスパーリングを再開する選手もいるのではないでしょうか。試合が近い。別に頭も痛くない。そうなると練習する選手は多いのかなとも思います」
頭部にパンチを浴びせるボクシングという競技の特性上、他のスポーツの基準をそのまま当てはめるのは難しいだろう。後編ではボクシング界の新たな取り組みを紹介しながら、さらにこの問題について考えたい。
<続く>
