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驚異の56歳まで現役「競走を“集金”とは思えなかった」生涯獲得賞金30億円“競輪国宝”と呼ばれた神山雄一郎の狂おしいまでの自転車愛
text by

杉園昌之Masayuki Sugizono
photograph byKiichi Matsumoto
posted2025/08/25 11:02
昨年限りで現役を引退し、今春から日本競輪選手養成所の所長に就任した神山雄一郎(57歳)
日本競輪選手養成所の所長となった今、候補生たちに口酸っぱく言い続けている。「大事なのは土台づくり」。我を忘れるように北関東の山岳地帯を自転車で走っていた時代をふと思い返す。努力を努力と思っていなかった。そして、競輪の舞台では夢中に戦ってきた。業界には、有名な格言があるという。『練習が仕事であり、競走は集金』。神山も何度も耳にしたことはあるが、何年経っても腑に落ちなかった。競輪への向き合い方は、デビュー当初から一貫している。
「僕は練習が仕事だとは思っていません。そんな簡単に割り切れるものではないので。しんどいですが、楽しんでいました。仕事という感覚はなかったです」
賞金の懸かったレースでさえ、そう思えなかった。選手同士の会話では「次の“仕事”(レース)はいつなの?」と当たり前のように使われていたが、神山はその業界用語をどうしても口にできなかった。
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「仕事だけど、仕事ではないんですよ。僕は『試合』、『競走』という言葉を使っていました。もちろん、勝てば、賞金をもらえますし、それで生活もしています。でも、競輪を仕事として捉えたくなくて。『次の仕事はいつなの?』と聞かれたときには、胸の奥では少し嫌な気分になっていました。『仕事じゃないよ』って。だから『“競走”は何日からです』と言い直していました。競輪に対し、失礼になる気がして、自分でもそう思いたくなかったんです」
競輪国宝と呼ばれた男の矜持
誰よりも競輪を愛し、競輪からも愛された男だったのかもしれない。生涯獲得賞金は史上最高の29億3830万円。あらためて、誰よりも稼げた理由について、水を向けると、少し間を置いてからゆっくり口を開いた。
「仕事だと思っていなかったからかもしれません。お金を稼ぎに行くイメージではなく、いつも戦いに行く感覚でした。まあ、帰りにはお金をもらうんですけどね」
神山の競走へ向き合う姿勢に触れれば触れるほど、『競輪国宝』という異名も胸に響いてくる。日本競輪選手養成所の所長になっても、骨の髄まで“競輪人”なのだろう。教場のバンクを見つめる熱い眼差しからも、仕事と割り切れない情熱が伝わってきた。〈全3回〉


