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名人・藤井聡太3連覇、記者が見た舞台裏「永瀬(拓矢)さんキレキレですね」「逆転だ」感想戦終了は0時35分…翌朝「大変なシリーズだった」
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大川慎太郎Shintaro Okawa
photograph byJIJI PRESS
posted2025/06/22 11:01
名人戦3連覇を果たした藤井聡太七冠。永瀬拓矢九段の正着続きだった第5局指し直し局で、逆転劇を完遂した
藤井は的確な指し手で差を広げる。午後11時16分、永瀬は背中を伸ばしたまま首だけグッと下げるいつものスタイルで投了を告げた。藤井が4勝1敗で防衛を決め、名人3連覇。永世名人まであと2期に迫った。
取材陣が対局室に入ると、すぐにフラッシュインタビューが始まった。藤井が淡々と答える間、永瀬は左手を口に当ててうつむいていた。どこが悪かったか反芻しているのだろうか。ふと、天井を見上げると、また動かなくなった。
次は永瀬の番だ。「名人戦は憧れの舞台でしたが、出場しただけという感覚です。勝ち星を積み重ねて(奪取に)王手をしたい」という言葉が印象に残った。王将戦、名人戦共に1勝しかしていない。「奪取したい」と言わなかったのは、その言葉を発するのは3勝してからということだろう。まずは白星を積み重ねて王手をかける必要がある。
笑顔の感想戦を終えた0時35分、永瀬への取材は…
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藤井と永瀬の感想戦はいつも両者とも笑顔で楽しそうだ。「藤井さんに変化を尋ねると、きちんと返してくれますからね。藤井さんも私とはやりやすいと思います」と永瀬は話した。千日手局の検討に熱が入りすぎ、立会人の藤井猛九段が「そろそろ指し直し局の検討もお願いします」と依頼したほど。ちょうど日付が変わった頃だった。
感想戦が終わったのは午前0時35分。それから藤井名人の防衛会見が取材陣の待機所で行われる。対局場から戻りながら、私は永瀬にどう取材をしようかと考えていた。いつもは終局直後の夜に生の声を聞かせてもらっていたが、今回はやり方を変えてみようと思った。少し時間を置こう。たまたま4日後にも王座戦で永瀬の将棋を観戦する。もしかしたら、その時に話を聞いたほうがいいかもしれない。
藤井の会見を待つ間、永瀬に送るメールの文面を作成した。今夜の取材はなしで、問題なければ王座戦の後に話を聞かせてほしいということを、感謝の言葉を添えて送った。
「大変なシリーズだった」と語る藤井、そして永瀬
古河市の祭りで使われるという「古河屋台」の前で記者会見が始まった。日付を越えているにもかかわらず藤井は朗らかに喋った。「苦しい局面が多くあったので、大変なシリーズだったと思っています」という総括は本音だろう。質問に対して時折、長い沈黙が訪れ、それから言葉を発する。いい加減に答えたくないという誠実な姿勢は、どれだけタイトル数を重ねても昔から変わらない。
タイトル戦登場回数は名人戦終了時点で30、通算獲得数は29。この記録をどこまで伸ばすのだろう。
ふと、今永瀬はどこで何をしているのだろうかと思った。和服はもう脱いでいるだろう。「負けた後に和服を脱ぐ時の気持ちは何とも言えない」という故・米長邦雄永世棋聖の言葉を急に思い出した。〈つづく〉

